後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

陽気な人

阿雨(アーユー)、第二皇子のお部屋の場所は分かる?」
『わん』

 雨が元気よく吠える。夏晴亮(シァ・チンリァン)が頭を撫でると、雨がしっぽをぱたぱたと振った。雨が歩き出したので、その後を追う。夏晴亮に合わせてゆっくり歩いてくれる。高等精霊と聞いたが、本当に賢い犬だ。

 部屋の前まで行くつもりはない。廊下に見張りがいるだろうし、調べていることを勘繰られたら早々に白旗を上げることになる。

 そう思ったところで、第二皇子の部屋ならば馬宰相に聞けばいいのだと思い至った。それなら敢えて危険を冒す必要は無い。証拠を探す段階まで来たら、隙を見て部屋の中を雨に捜索してもらおう。

『わん』

 雨が小さく鳴いた。そろそろだと言っているのだろう。ここまで分かれば十分だ。雨に礼を言って元来た道を戻る。すると、角から人影が現れた。

 しまった。第二皇子か。しかし、まだ夏晴亮は疑われるようなことはしていない。堂々と歩けばいい。予想を反して、出てきた人物は先ほど会った任明願(レン・ミンユェン)だった。

「おっと、失礼小さな女神。貴方にまた会える幸福に感謝します」
「任先輩、こちらこそ先ほどは素敵なお花を有難う御座いました」
「私の名前を知っていたのですか。嬉しいです」

 にこにこ、圧の強い笑顔で近づいてくる。もし、気があると勘違いさせたら申し訳ない。

「同室の先輩に教えてもらいまして」

 正直に答えると少々がっかりした顔をされたが、あとでもっとがっかりされるよりはいい。

「それは残念。でも、名前を知りたいと思ってくださったのですね」
「はい。せっかく頂いたので」

 どこまでも前向きな態度にこちらも感化される。

「今は業務中でしょうか」
「はい、そうです」

 箒を見せて言う。任明願が笑いながら息を吐いた。

「そうですか。お時間があればお茶にお誘いしたのに」
「申し訳ありません。またの機会にお願いします」
「謝る必要は無いですよ。では、またの機会に期待します」

 恭しく拱手された。彼の方が先輩で立場も上なのに、随分丁寧に扱ってくれる。

 彼は第二皇子のお付きであるから、もし第二皇子が犯人なら気付いているかもしれない。

 味方になってくれたら、これ以上の人物はいない。だが、それは秘密を共有することになる。慎重に慎重を重ねた方がいい。
 また会話する機会があったら、それとなく探ってみよう。
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