後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

返事は変わりません

 一瞬の迷いもなく拒否を示した夏晴亮(シァ・チンリァン)に、任深持(レン・シェンチー)はひどく狼狽した。当然受け入れると思っていたからだ。大声が出そうな体をどうにか落ち着かせ、深呼吸してから問いかける。

「何故、断る」

 正妃になれば、宮女とは比べものにならない手厚い待遇と高い位が与えられる。側室は何人も持てるが、正妃はたった一人の相手。それを断る人間がいるとは。

「私は低い身分の出。家族もおりません。婚姻は家と家との繋がりです。私がそこに入るのは皆様にご迷惑がかかるかと」
「そんなもの」

──関係無い!

 とは言い出せず、任深持は次の言葉を紡げずに終わった。

「分かった。それは飾っておけ」
「有難う御座います」
「ふん」

 任深持が夏晴亮から視線を外し、どかどかと歩いて出ていく。夏晴亮はそれを申し訳なく見送った。

「ちょっとちょっとちょっと~ッ」

 入れ違いに馬星星(マァ・シンシン)が入ってきた。扉の後ろにでも隠れていたかのような速さだ。

「わッびっくりしました」
「いや、さっきの第一皇子の求婚の時にもっと驚いてよ!」
「あ、そっか。いちおう求婚だったんだ」
「求婚じゃなかったら何と思ったのよ」

 花束を指差され、夏晴亮もそれを見つめる。

「ええと、妃が必要になったら、でしょうか」
「うう~ん……まあ、いらないわけではないだろうけど、今回は誰でもいいわけじゃないと思う」

 そうだったのか。失礼な言い方をしてしまったかもしれない。今度会ったら謝ろう。それでも、夏晴亮の返事は変わらないけれど。

「話は聞いたから言わせてもらうと、亮亮の言い分は正論だと思う。特に相手は次期皇帝だからね。でも、本人の気持ちも大事よ」
「廊下にいたのに聞こえたんですか? もしこの話が他の人に耳に入ったら任深持様の威厳が……!」

 顔を真っ青にさせる夏晴亮の肩に手を置いた馬星星が首を振った。

「それは大丈夫。私が扉に耳をくっつけてようやく聞こえたくらいだから」
「そうですか、安心しました」
「ね」

 馬星星の野次馬根性には気付かず、夏晴亮にようやく笑みが戻った。

──あ~~~焦った。亮亮には優しい良い先輩でいたいもの。

「そうだ、毒見がまだでした」
「早く済ませて夕餉にしましょ」
「はい」

 幸い、その日は毒入りではなかった。帰ってしまった任深持に代わり盆を下げに来た馬宰相に伝えると、控え目な笑顔でそれを受け取られた。
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