後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

叱った理由

 眉を下げて心配そうな顔をする任明願(レン・ミンユェン)に礼を言って通り過ぎる。申し出は有難いが、犯人候補が身近にいるので、動いてほしくないのが本音だ。

「そうだ。任先輩は──」

 夏晴亮(シァ・チンリァン)は部屋で少々時間を潰した後、調理場へ向かうことにした。今なら下げられた食器洗いの仕事も終わり、料理長も時間が話をするくらいなら取れるだろう。

「すみません、料理長はいらっしゃいますか」
「おや~美少女!」

 先日会った料理人が話しかけてきたが、素直に料理長を呼んできてくれた。料理長は不思議そうな顔をさせる。

「こんばんは。今日の毒見の仕事はもう無いが、どうしたかな」
「その、ちょっとお伺いしたくて。別室とかに移っても平気ですか?」
「なら、控えの部屋があるからそこに行こう」

 調理場の横が料理人たちの控部屋らしく、料理長に連れられて中に入った。幸い誰もいない。ここなら秘密の話が出来る。

「突然押しかけてすみません」
「いいさ。もう今日の仕事はほとんど終わっている。さて、質問とは何だろう」

 夏晴亮は料理長に任明願のことを聞くことにした。毒のことで彼が料理長に怒るところがどうにも想像出来ず、詳細を知りたかったのだ。

「第二皇子に一度だけ毒が入っていたことがあったと伺ったのです。その時任先輩、任明願が料理長を叱咤したと……具体的に何をおっしゃっていたか覚えていますか?」

「ううん、あの時か。毒入れの犯人探しで必要なことかな」
「はい。今いろいろ情報を集めていまして」
「なら話そう」

 料理長がかしこまった顔で頷いた。

「彼は毒が入っていたことで責めたわけではないんだ」
「え! そうなんですか?」

「うん。彼はそんなに横暴な性格ではない。もちろん、毒が入っていると見抜けなかった私に責任が無いとは言えないが」

「そんな、見ただけでは毒が入っているかは分からないと思います。でも、そうですね。彼が毒について怒ったというのを聞いた時は疑問に思いました。怒っていなかったのですね」

 夏晴亮が安心していると、料理長はわずかに首を振った。

「いや、毒については何も無かったが、それ以外のことで叱られたよ」
「毒以外ですか?」
「あの日は新人が間違えて酢を使ってしまったんだ。第二皇子には入れてはいけなかったんだが」

「食べたら具合が悪くなるとか?」
「単純に好き嫌いの話らしい」

 元々拒否しているものが入っていたのなら、そちらは調理場の責任だ。しかも相手は王族。面目を保つため、任明願も厳しくしたのかもしれない。
< 39 / 88 >

この作品をシェア

pagetop