後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

違和感

 任深持(レン・シェンチー)が盆の横に置かれた物を尋ねる。それは櫛やら髪飾りで、食事時には似つかわしくない物だ。

「え? これはその、可愛い阿亮(アーリァン)にもっと可愛くなってほしいなぁと思いまして。あとで髪を触らせてもらおうかと……」

 思いがけず問われて、最後は小声になっていた。さすがに、正妃でも任深持に強くは言えないらしい。

「ほう……夏晴亮(シァ・チンリァン)に、な」

 ちらりと任深持が夏晴亮に視線を送る。当の本人が食事に夢中だ。

「なるほど。分かった、許す」
「有難う御座います!」
「しかし、机には載せるな」

「失礼しました。金依依(ジン・イーイー)、これを持っていてくれる? ごめんなさいね」
「承知しました」

 言われた金依依が櫛と髪飾りを手に持った。
 金依依は王美文(ワン・メイウェン)が連れてきた付き人で、代々王家の使用人として雇われている家系だと言っていた。勤勉で不真面目な態度は一切無い、王家に信頼されてここに来たことが窺える人間だ。ただ、とても無口で、最低限の挨拶と返事以外で声を聞いたことがない。

 夏晴亮の周りにいる女性陣はおしゃべりが好きな者が多いため、とても新鮮に映った。いつか話してみたいとは思うものの、それが彼女の負担であれば無理強いも出来ず、結局出会って数日、未だ挨拶以外交流が無かった。
 嫌われてはいないと思う。というより、何の感情も抱かれていない気がする。

「終わったわ! 阿亮、髪の毛を整えてもよろしくて?」

 食器が下げられた部屋で王美文の声が響く。拒否する理由も無く夏晴亮が頷けば、王美文の顔がさらに明るくなった。

「任深持様、お待たせ致しました。お部屋に戻りましょう」
「ひぅんッッ」

 その時、馬牙風(マァ・ヤーフォン)が部屋に入ってきた。王美文は一気に挙動不審になる。それは任深持と馬宰相が退室するまで続いた。

「……んはぁッ」
「息を止めてたのですか? 具合など悪くなっていませんか?」
「ええ、大丈夫。彼が来て呼吸困難になっただけだから」

 金依依に背中を擦られつつ笑顔を見せる。しかし、馬宰相と同じ空間にいるだけでこんな風になるのなら、もし会話でもしたら倒れてしまうのではないか。

「んんッ……でも、何かおかしかったわ」
「何がですか?」
「馬牙風の何かが……おかしかったような」
「風兄の……?」

 馬星星と夏晴亮が顔を見合わせて首を傾げる。二人にとっては、いつもと全く変わらない彼であった。
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