後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

続・毒見師

任春(レン・チュン)……」
『わおん!』

 皇帝の名前を読み上げていたら、扉の外から元気な鳴き声がした。

阿雨(アーユー)!」

 ここぞとばかりに夏晴亮が扉へ走る。

「亮亮、走っちゃだめよ」
「あ、そうでした。上品に上品に」

 人はふとした時に慣れた仕草が出る。だから、常に上品に過ごして、いつでも王族たる態度を保たなければならない。今までの生活とは真逆で予想以上に難しい。

 扉を開けると、雨がすり寄ってきた。

「お疲れ様。怪しい人はいなかった?」
『わん』
「ありがとう」

 ひとまず毒事件は解決したので、雨には見回りをお願いしている。しばらくは何もせず遊んでもらっていても構わないのだが、夏晴亮(シァ・チンリァン)が勉強まみれで一緒に遊べないので、暇つぶしも兼ねていたりする。

「いいこいいこ」
『くぅん』

 ひとしきり撫でると、満足した雨が自身の寝床に転がった。そこには雨が好きな玩具や布団などがあり、雨のお気に入りの場所となっている。

「阿雨、私と一緒に」
「お勉強が終わったらね」
「馬先輩~~~」
「あと半刻だから頑張ろ!」

 くすんくすん涙目になりながら、残りの時間を必死に耐えた。皇帝の名前など、現皇帝と先代を覚えておけば支障はなさそうなのに。消えたらしい国の歴史も一週間後には夏晴亮の頭から抜け落ちていそうだ。

「あはは。ほんと勉強苦手ね」
「慣れないもので……」
「私も得意じゃないけど」

 きっちり半刻後、夏晴亮が寝台にぱたりと倒れた。どうせならこのまま寝てしまいたいが、あいにく今度は夕餉の毒見の時間である。

 側室になってからも毒見師は辞めていない。そもそも、夏晴亮以外に協力な毒を食べて死なない人間がいないため、彼女にしか出来ないと言った方が正しい。今では食事の内容も一緒になったので、毒見が終わったら仲良く二人で食べている。ちなみに正妃も同じ部屋で食べている。

 この事実は三人と付き人以外では料理長のみが知っている。しかし、食事中は皆静かにしているため、まさか正妃が契約結婚で来たとまでは分かっていない。ついでなので、夏晴亮は正妃の毒見も請け負っている。

「は~……いつ見ても迷いなく食べて、素晴らしい光景ね」
「毒が入っていても美味しいだけなので」
「なんて優秀な妃なの! こんな素敵な側妃と同じ時を過ごすことが出来て幸せだわ」
「……王美文(ワン・メイウェン)。それは何だ?」
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