後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

 半刻程さ迷い歩き、ようやく自室に戻ることが出来た。任命書は握り過ぎて、すでに皺がよっている。部屋の前で慌てて皺を伸ばした。

「うう、ちょっと跡が残っちゃった。大切にしなきゃいけないのに……あれっ」

 扉の下に花が一輪落ちていた。

「誰かが落としたのかな」

 匂いを嗅いでみる。とても優しい匂いだ。しかし、残念ながら食べることは出来ない。

「せっかくだし飾ろう」

 花瓶のような上等な物は無い。備品の湯呑みに水を張り、茎を少し切ってそこへ入れる。

「ふふ、美味しそ」

 いつか花も食べられるようになる日が来るといいと思う。この後宮の庭は年中花が咲いていると聞いた。もしそれらが食べられるなら、咲き終わる頃に摘み取って、有難く全て口に入れるのに。

「でも、ここにいれば、食べ物に困ることがないからいいか」

 少しまでは暖かい家や食事など贅沢なもので、日々の生活すらままならなかった。ここにいさせてもらうだけでもう十分。

 さらに今回、正式に毒見師という職に任命された。どうやら、毒があるかどうか見定めればいいということらしい。新しい仕事に気合が入る。

「第一代目って言ってたよね。もしかして重要な仕事だったりするのかな。毒も美味しいと思うんだけど」

 もしかして、他の人は毒が入った食べ物を食べられないのだろうか?

 夏晴亮は考えた。

 そもそも、毒という言葉を聞いたこと自体饅頭の時が初めてで、毒が何に作用するかも理解していない。しかし、毒入りの食べ物を食べると周りが驚くので、良いものではないらしいということまでは分かった。それ以上は今の時点では推測の域を出ないので諦めた。追々説明があるだろう。

「ぴりっとしてる美味しい調味料かと思ったけど」

 とりあえず、緊急の呼び出しは完了した。掃除の仕事に移ろう。後ろを向いたところで、ちょうど同室者が帰ってきた。

「馬先輩、戻りました」
「亮亮! 大丈夫だった!? 辞めさせられることにはなってないよね?」
「はい。皆さんお優しかったです」

 辞めるどころか、食べ物を沢山もらい、新しい仕事までもらえた。にこにこして答えるが、馬星星(マァ・シンシン)は不安気だ。

「だって、新人がいきなり第一皇子に呼ばれるなんて異例よ。あ、まさか、可愛いから見染められたとか?」
「見染め? いえ、新しい仕事を頂いただけです」
「新しい仕事? 掃除以外で?」
「はい。これです」

 任命書をそのまま渡す。隅々まで確認した馬星星が震え出した。
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