後宮毒見師伝~正妃はお断りします~

毒見師任命

「えッお暇を頂かなくていいのですか!」
「ええ。そもそも、最初からそのようなことは申し上げておりません」
「そ、そうでしたか」

 任深持(レン・シェンチ―)の傍に立っていた男は馬牙風(マァ・ヤーフォン)と名乗った。今は二人部屋に残り、彼から説明を受けている。料理人は覚束ない足取りで、後から来た同僚に支えられながら去っていった。

「宰相をしております。以後お見知りおきを」
「ご丁寧に有難う御座います。宜しくお願いします」

 丁寧に拱手されたため、慌てて同じく返す。夏晴亮(シァ・チンリァン)は教養ある所作に慣れておらず、この対応で合っているかさえ分からない。

「それでは改めまして、貴方を才国第一代目毒見師に任命致します」

 馬牙風が一枚の白紙を手に取り、そこへ指を滑らせる。何も書かれていなかったのに、上から順々に文字が浮かんだ。夏晴亮が前のめりになる。

「うわぁぁ魔法だ」
「法術です」
「ほうじゅつ」

――法術ってなんだろう。まあいいか。すごいってことは分かるし。

「法術を扱う者を術師と呼びます。宮廷内に学び舎がありますから、貴方も才能があれば通うことも出来ますよ」
「そうなんですか」
「そうです。ではこちらを厳重に保管しておくように。私はこれで」

 先ほど法術で書いた任命書を手渡される。始終真顔の宰相は音も無く去っていった。

「なるほど。これが任命書……」

 有難い紙に有難い書体で書かれている。が、夏晴亮は字を読むのがあまり得意ではないため、達筆な文字では半分程しか読めなかった。

「あ、名前は読める。綺麗な文字だなぁ。法術か、格好良い」

 才能があれば学無しの自分でも通えると言ってもらえた。
 学び舎に通ったことのない自分にとって、学ぶということは憧れだった。

「入学試験とかあるのかな。今度宰相さんに会ったら聞いてみよう」

 部屋から出ると女官はいなくなっており、またしても夏晴亮は帰る術を失くした。
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