氷川先生はダメ系。

1話

〇氷川宅(夕)
   薄暗い氷川宅。部屋の中は本であふれている。
   ボサッと髪の垂れた氷川透(24)は、リビングで葉月奈緒(16)を押し倒すようにもたれかかっている。
氷川「ハァ……ハァ……」
奈緒(な、なんで こんなことにー!!)
   氷川は息を切らし、頬を紅潮させている。
   戸惑う奈緒。身動きできず、照れている。
   蛇口からは水がポタポタと垂れている。

〇星ヶ谷高校廊下(放課後)
   氷川の勤務先、奈緒の通う星ヶ谷高校。
   廊下では、部活に向かう生徒が楽しそうに談笑する姿もある。
「ナオー!」
   背後から金ノ原茜(16)が奈緒を呼び止める。
奈緒は本を数冊抱えながら、廊下を一人で歩いている。
   振り返る奈緒。
茜「はぁ、はぁ」
 走ってきたようで息を切らしている茜。
奈緒「どうしたの? そんなに急いで」
茜「ごめーん奈緒、一生のお願いなんだけど……おつかい頼まれてくんない?」
奈緒「うっ、今、図書の先生に頼まれたとこなのに……」
   奈緒、少し目をそらしながら答える。
奈緒(私、葉月奈緒。世話焼きで、人からは良くお人好しって言われます。
   学級委員にお手伝い……いつもまかされてばっかりだけど)
茜「おーねーがーい! そこをなんとか!(手を合わせて)」
   ため息をつく奈緒。
奈緒「はあ、しょうがないなあ」
茜「ありがとー! 一生の友達!」
   走り去っていく茜。
奈緒(調子いいんだから……)
   どこか充実した表情の奈緒。

〇職員室(放課後)
   数名の教員が仕事をしている。部活の時間ということもあって席には少し空きがある。
   体育科の教員、火村雄介(25)が奈緒から全員分のプリントを受け取る。
火村「ありがとな、葉月」
奈緒「(謙遜しながら)いえいえ」
火村「(不思議そうに)でも、金ノ原に頼んだはずなんだが……」
奈緒「アハハ……」
火村「うーん……」
   何か悩んでいるような火村。
奈緒「どうかしたんですか?」
火村「あ、いや、な……」
奈緒「?」
   火村、自分の机から封筒を取り出す。
火村「これ、氷川先生が忘れてったんだ。届けたいんだが、これから部活でな。何とかしなきゃならないんだが……」
奈緒「わたし、届けますよ!」
   封筒を受け取る奈緒。
火村「え!? マジ!? いや、でも悪いしな……」
奈緒「いいんですよ! ほら! 先生は部活でお忙しいんでしょ?」

〇道(夕暮れ)
   火村先生からもらった氷川の住所メモを片手に歩く奈緒。
   日は暮れ始めている。
奈緒(このあたりなんだけど……)
氷川のことを考える奈緒。
奈緒(氷川先生。理科の先生だけど、いつもクールで、特に女子からすごい人気。
 運動神経も抜群で、なんでもうちの高校がはるか昔バスケ部のIHに出た時のエースだったとか……)
   道沿いに、氷川のアパートが見える。
奈緒(あっ、ここだ)
〇氷川宅(夕暮れ)
   インターホンを押す奈緒。
奈緒「あのー、氷川先生?」
奈緒(いないのかな……?)

〇回想(職員室)
火村「もしカギがかかってても、あいつ、家の郵便受けに合鍵が入ってるから!」
〇氷川宅(夕暮れ)
   郵便受けに手を伸ばす奈緒。
奈緒(あ、あった)
奈緒「氷川先生、お届け物です。入りますよ?」
   室内は薄暗い。廊下にはカバンやジャケットなど少しモノが散らばっている。
   廊下を抜けてリビングに入る奈緒。
奈緒「すごい本の数……」
   リビングは本であふれ、雑然としている。
   シンクには洗われていない食器が雑多に積まれており、蛇口からはポタポタと水が落ちている。
奈緒「あ、」
   氷川はくずしたYシャツ姿で、ソファーに横になっている。
   右手で顔を隠すような姿勢で眠る氷川。
   見とれる奈緒。ソファーに近づく。
奈緒「あ、あのー。氷川先生、火村先生からのお届け物です」
氷川「ん、んん……(少し辛そうに)」
奈緒「(氷川を揺すりながら)あの、氷川先生? ……うわぁ!」
≪ドサッ≫
   ソファから零れるように倒れる氷川。
   奈緒を押し倒すように倒れこむ。
氷川「あ、葉月、さ……」
奈緒「せ、先生……?(照れながら)」
   氷川、顔が紅潮している。目がとろんとしている。
氷川「み、水……」
   ≪ドサッ≫
   そのまま床に倒れこむ氷川
奈緒「ち、ちょっと! 先生、先生!?」

     ×  ×  ×

   ソファの上で目を覚ます氷川。
リビングが明るくなっており、部屋が片付いている。
   キッチンには調理する奈緒。
氷川(あれ……?)
奈緒「あ、先生。目、覚めましたか?」
   氷川に駆け寄る奈緒。氷川が体を起こすと、額から濡れタオルが落ちる。
奈緒「あ、まだ無理しちゃだめですよ! 先生、すごい熱だったんですから」
氷川「あ、ああ。ごめん……」
奈緒「ごめんなさい、キッチン借りちゃいました。それと、部屋の片付けも……適当にやっちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」
奈緒(先生がに熱があるって気づいて、急いでやっちゃったけど大丈夫だったかな……)
   氷川、顔を下に向ける。
   表情がわからないので、奈緒が息をのむ。
   氷川、顔を上げる
氷川「(子犬のような表情で)あ、ありがとう……!」
奈緒「(安堵しながら)はい! あ、あとこれ! 冷蔵庫のもので作ったんですけど……」
   奈緒、キッチンへ向かい、簡単な手料理をリビングに持ってくる。
奈緒「おかゆと、ちょっとした付け合わせです。お口に合えば……」
   奈緒、匙を手渡す。氷川、おかゆを口に運んで一言。
氷川「(目を輝かせながら)か、神様……」

     ×  ×  ×

   リビング。二人でお茶を飲みながら。
氷川「今日はごめんね、体調崩して早退したんだけど……(せき込む)」
奈緒「大丈夫ですか!?」
   思いつめたような表情の奈緒。
奈緒「あの、先生!」
   顔を上げる氷川。
奈緒「先生は、ダメダメですっ!」
氷川「!」
    驚いたような表情の氷川。
奈緒「部屋は本だらけだし、食器は積みっぱなしだし、体調も崩しちゃうし……」
氷川「ご、ごめ」
奈緒「だから! 毎日私が先生のご飯を作ってあげます!」
   きっぱりと言う奈緒。
氷川「……え?」
奈緒「氷川先生、忙しいからって日々の生活をおろそかにしすぎです!
ご飯だって、ちゃんと食べないと体に毒ですから!」
氷川「……。」
   沈黙。
   口を開く氷川。
氷川「え、ああ、あのっ……」
   氷川、頭を下げながら。
氷川「おっ、おねがい、します……」
   奈緒、立ち上がる。
奈緒「じゃあ、そういうことで!」
   リビングから去っていく奈緒。少し照れたような表情。
   扉が閉まる。口を開いたままの氷川。

   部屋の中、氷川が微笑む。

< 1 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop