冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



ハッチの部屋には【plume zero】のロゴが入ったショップバッグが並んでいた


「凄いっ」


「向日葵が花恋の写真を優羽ちゃんに見せて
優羽ちゃんが花恋のイメージで選んだらしい」


「こんなに沢山頂いて良いんでしょうか」


「試し着と宣伝代らしいから貰っとけば良い」


「試し着と宣伝代?」


「俺も含めてだが、新作を世に出す前に着せられるんだ
着心地やデザイン性、型崩れなんかも気になったら言うようにしてる
俺たちは良くも悪くも目立つからな。横のネットワークに乗れば規格外の宣伝効果だろ」


「・・・確かに。でも、私が着ても宣伝になるでしょうか?」


「花恋は可愛いから宣伝になるだろ」


不意打ちの甘い声に頬が熱くなる


「テレたな」


「ハッチの所為です」


赤くなっているはずの頬を膨らませてみたところで喉を鳴らして笑うハッチに適う訳なくて


「お風呂の支度しなきゃ」


誤魔化すように並ぶショップバッグを手に取った


下着、パジャマ、Tシャツ・・・
付箋が付いたバッグは分けられていて

その多さに驚く


「余分に入ってるバッグに着替えを入れて行くと良い」


「はい」


向日葵さんのお下がりとは少し違って、淡い色が多い


「・・・っ」


「どうした」


「いいえ」


下着のサイズが合ってるとか・・・怖いやら恥ずかしいやらで耳まで熱くなった


「ほら」


お決まりのようにハッチと手を繋ぐ

怪我の所為でゆっくり歩くのに


「大丈夫か」


過保護だなって笑えるくらい気遣ってくれるところも


噂のハッチからは想像できないくらい優しい


「何笑ってんだ」


「・・・えっと、笑ってないっ」


「こら」


「イタタタ」


締まりのない顔がバレて、また鼻を摘まれた


「痛くねぇだろ、こんなもん」


「痛くはないですけど、摘まれて痛いと言うのは一種のコミュニケーションです」


「クッ」


時間をかけてたどり着いたのは武家屋敷に相応しい入り口だった


「出たら呼べよ」


スマホを振るハッチに手を振ってカラカラと耳心地の良い音がする引き戸を開いた


「ワァ」


脱衣所は修学旅行で泊まった温泉旅館に似ている


「花恋ちゃんいらっしゃい」


「お待たせしました」


「着替えはこの棚に置いて、脱いだ服は籠に入れてね」


「はい、あの。できれば洗濯機を・・・」


「あのね、花恋ちゃん」


「はい」


「花恋ちゃんはうちの子と同じなんだから
洗濯もご飯もうちでやりたいの。嫌かな?」


「・・・嫌、ではないですけど」


ギプスが外れるまでお世話になるのに、何から何まで全面的に甘えても良いのだろうか


「良いのよ。親はね子供に甘えられると嬉しいの
というより、永飛の彼女と仲良くしたいって私の願望が入ってるから
遠慮せずに甘えてくれると嬉しいな」


「分かりました。よろしくお願いします」


「はい。こちらこそ」


ハッチのお母さんと何故か握手もした後は


「“ハッチのお母さん”じゃなくて
“お母さん”がいいな」


呼び方までリクエストされた


フフと笑い合って和やかな雰囲気が生まれる。ハッチの家族は良い人ばかりだ


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