冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした
心の奥



━━━━━━月曜日



二週間程休んだだけの学園はガラリと雰囲気を変えていた


ハッチの車で送ってもらったまでは良かったけれど
正門を抜け、車寄せまで入ったところで大勢の男子生徒が並んでいることに気付いた


その中心に立つのは来飛君


「心配するな、此処に居るのはNightの面子だ」


そう言い残しハッチが運転席から降りただけで耳を覆いたくなるような歓声が上がる

怖いもの見たさに視線を向けると男子生徒の向こう側に女子生徒が見えた


・・・怖すぎる


その歓声もハッチが助手席のドアを開いた途端ピタリと止んだ


・・・っ


「花恋、来い」


差し出された手は私に向けられていて、周りのギャラリーはその手の先を固唾を飲んで待っている


・・・絶対無理っ


降りたくない絶望感に顔を背けようとした途端
私を待っていたはずのハッチの手が反転して、一気に車から出された


「・・・っ」


「花恋」


三十センチ高いハッチを見上げる

穏やかに微笑んだハッチは、あろうことか首を傾けてオデコに口付けた


「「「キャァァァ」」」
「「「ヤメテー」」」


耳を劈くような叫び声に色々を諦めた


「兄貴も罪作りだよな。さ、花恋ちゃん行こう」


離さないんじゃないかとまで心配したハッチの腕の中から出してくれたのは来飛君だった


「花恋、迎えに来るからな」


「じゃあ行ってきます」


「あぁ」


何故か来飛君に手を繋がれた


もちろん「来飛」ハッチが黙って見過ごすはずもないのに


「花恋ちゃんが小さいからさ、逸れたら責任問題だろ」


来飛君はケラケラと笑って無遠慮に私の手を引いた


一歩、また一歩と校舎へと足を進めるたび生徒の人垣が崩れて道ができる


「兄貴の所為でごめんな」


「大丈夫。私の方こそごめんね」


「それは全然だよ」


大人気の来飛君にまでお世話になる心苦しさに肩を竦める


『僕が年下だから敬語は無しね』と仲良くしてくれる来飛君もイケメンさんで
来飛君が動くだけで女子生徒の声がかかる

それに一ミリも反応しない来飛君に感心しているうちに

その中に私へのものもあることが分かった


「なにあの女」
「木村様の次は来飛様?」
「なんなのあのチンチクリン」


大方凡庸な私がイケメン兄弟のそばに居るのが納得いかないんだろう

それでも。ハッチと一緒に居ると決めた以上は聞き流せる自分になりたいと思っているのも事実


だから、負けないように顔を上げた


それなのに・・・



「あの女に関わるとウチらもどんな目に遭わされるか」
「怖い怖い」



頭の中から消せなかったあの人を指す声に足が止まった


「花恋、ちゃん?」


来飛君は突然立ち止まった私を覗きこむ


その探るような瞳を見ながら


「あのね」
“聞く”という覚悟を決めた


「ん?」


「私を階段から突き落とした人ってどうなったの?」


本来ハッチに聞くのが筋道なのは承知の上、断られたら放課後まで待つつもりの私に


来飛君はその双眸を一瞬鋭く細めると繋いでいた手を握り直した


「此処では話せないから、場所を変えようか」


・・・教えてもらえる


「えっと、テストまでに終わる?」


「・・・あぁそうか。じゃあ第二で受けようか
とりあえずこのまま第二へ行くよ」


「・・・うん」


テストも気になるけれど、有無を言わせない来飛君の雰囲気に、聞かないという選択肢もないのだから頷くしかなかった




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