冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



「お昼にするか」


「あ、そうですね」


「じゃあドライブがてらランチに行こう」


「はい」


読み終えた本を棚に戻して
図書館をあとにする

歩き始めた途端に繋がれる手に
ウッカリ緩みそうになる口元を引き締める


「なにが食べたい?」


「えっと、好き嫌いはないので
なんでも食べられますよ」


「そうか。じゃあ
二人きりで食べるのと大勢で食べるのは
どっちが良い?」


「大勢って?」


「大勢は、大勢だ」


・・・は?


「理解に苦しむんですけど
大勢が入る大食堂的なところですか?」


「あ〜、そうじゃなくて俺の実家な」


「えっと、もしかしてハッチは大家族ですか?」


「大家族・・・ん・・・
家族は五人だが。祖父母や従兄弟に
家族同様の奴らを合わせれば大勢になるな」


ハッチのことを知りたいとは思っていたけれど

聞かされる驚愕の事実にその顔を凝視する


繋いだ手を揺らして歩く姿から推測するに
これ以上の情報はもらえそうにもなくて諦めたけれど


なぜだか自分のことを話したくなった


「あの」


「ん?」


「私、一人なんです」


「寮暮らしだから当然だろ?」


「じゃなくて」


「ん?」


「五歳の時に両親が亡くなって
親戚も居なくて・・・
一人ぽっちなんです」


話そうと思ったのは自分なのに
絞り出した声は震えていて
曝け出した過去に飲み込まれそうになった途端


「・・・花恋」


ハッチの足が止まった


「・・・っ」


「花恋」


「あの・・・」


「じゃあ今日は大勢だな」


「・・・はいっ」



身の上話をすることで
可哀想だと思われるんじゃないかって

本当は不安だった


それは望みの家に入った頃から幾度も
向けられてきたからかもしれない


最初のうちは話せていた両親の死さえも
なんで、どうしてと聞かれるたび

自己防衛のために言葉を濁すことを覚えた


だから、東白学園に入学してからも
両親のことや望みの家のことを話したのは学園の関係者と寮母である間宮さんだけ


そうやって常に高い壁を維持することで
浅い付き合いを保っていたのに


ハッチなら



ハッチになら



聞いて欲しいと思った



その思いは


真っ直ぐハッチに伝わって


その優しさに包まれた


「二人追加だな」


「追加?」


「実は俺、当分帰ってないんだ」


「・・・え」


「花恋を出しにして悪りぃけど」


ケラケラと笑ったハッチは


「どうせならケーキも買うか」と


繋いだ手を大きく振った







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