冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした
大勢の



そこからのハッチは突っ込みどころ満載だった


先ずは


「俺、昼飯二人追加」


妙に短い電話をかけた


そして・・・


「全種類三つずつ入れろ」


若干脅しにも取られるような乱暴な言い方で、可愛いケーキを注文するハッチを凝視する


「どうした?」


なんて甘い声だけが降ってきたから諦めるしかない


それよりなにより
ケーキの数を数えながら三倍にしてみたところで固まった


軽く数えて三十を超える種類のケーキ


えっと・・・百個はあるよね


「・・・嘘」


ハッチの例え話だと思っていたけど
これはもう“大勢”と呼ぶに相応しい人数だ


見たこともない大きな箱五つが持ち手のついた袋に入れられて

ご丁寧に店員さん三人がハッチの車まで運んでくれた


「これは安全運転しないとな」


運転席から後部座席を振り返ったハッチは

またケラケラと笑った


「あの・・・」


「ん?」


「ハッチは人気者ですか?」


「あ〜、アレか」


図書館でも感じていたけれど
カフェを併設したケーキ屋さんでも
若い女の子達の視線を集めたハッチは


『木村様』と
声を掛けられていた


ただ、それにひとつも応えることなく
ずっと私を見てるから

女の子達の視線が私に移って痛すぎた


「“木村様”って」


「苗字だな」


例えば東白学園で憧れとか人気の対象だったとして“様”を付けるだろうか?


「俺な、身内と仲良い奴にしか名前は呼ばせねぇ
だから苗字呼びは当然だ」


「でもっ」
それなら私は名前どころか勝手に“ハッチ”なんて可愛いあだ名までつけた


「花恋はOKだ」


その強い瞳に私は特別かもしれないなんて
自惚れそうになってしまう

またひとつ膨らんだ気持ちを
溢れ出ないように押し込んだ


「多分、ハッチなんて呼ばれてるの知ったら
家の奴ら卒倒するんじゃねぇかな」


「言わない方が良いですか?」


「いや、花恋だけに許した呼び名だろ?
違う呼び方したらお仕置きするからな」


・・・お仕置き


その響きに一度だけ望みの家で押入れに入れられたことを思い出した

夏祭りの帰り道、開放的な気分は夜の公園を魅力的に見せた

結果、子供達全員が門限を破ってしまった

実際、広い納戸のような押し入れに入っていたのは
ほんの数分のことなのに
全員が汗だくで泣いたんだった


「暗いのは嫌なのでハッチ以外は呼びません」


「ククッ、大方押入れにでも入れられたか
ほんと花恋は飽きねぇな
ちゃんと守れよ?」


「はいっ」


安全運転なんてわざわざ口にしなくても
ハッチの運転は丁寧


周りの景色を見る暇もないくらい
くだらないことで沢山笑っているうちに


車が止まった











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