冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした





side 石木尚《いわきなお》



「若から二人追加と連絡が入りましたっ」


厨房担当が親父に声をかけたことで
いつもの広間に緊張が走った


若は一年前に家を出て一人暮らしを始めた
それ以降、会合や節目以外滅多に姿を見なくなったんだが・・・

姐さんと二人顔を見合わせて首を傾げる親父


「永飛が戻るまで少し待ってやれ」


先代が直ぐに声を上げ、俺らは待機になり
誰かとやって来るならと二人分の席が作られた

『今日は休みを貰った』とやって来ていた若の付き人の風吾さんはスマホを耳に当てて飛び出して行くし

いつになく広間は騒ついていた


そして・・・数分も待つことなく
静かに襖が開いた


途端に見えたシルエットに
恐らく、此処に居る全員が息を呑んだ


驚愕に飲まれているうちに
若は躊躇うことなく俺の隣の席までやって来た


「・・・っ!」


若が大事そうに手を引いてきたのは
背中に羽根でも生えてんじゃねぇかと疑うような妖精?だった


・・・可愛い


綿飴みたいなその子は
表情がコロコロ変わって本当に可愛い

驚いたことに若を“ハッチ”と呼び
最初は牽制していた風吾さんでさえ頬が緩んでいる


・・・あの若、だよな


女は視界に入れることなく排除
ウッカリ名前を呼ぼうものなら
後悔すら許さないブリザードを浴び

一時期は恋愛対象が違うんじゃねぇかなんて噂まで立った

若、だよな?


・・・やばい
若が・・・笑ってる


それに、よく喋って
何度も何度もふわふわの頭を撫でる


・・・俺も撫でてぇ


チラッと隣を盗み見た、途端に


「お前ら視線がウゼェ」


いつもの若に戻った



・・・ヤバ


でも、本当、ニコニコして可愛い



若の大事な人なら俺達も大事にしなきゃな


そう思った途端に変な使命感が湧いてきた


「あの」

勇気を出して声をかけてみる


「・・・っ、はい?」


キョトンとしたものの直ぐに大きな瞳を俺に向けて笑ってくれた


・・・可愛い


「自分、石木って言います
若姐さん。よろしくお願いします」


お近づきの挨拶をと頭を下げてみる


「・・・んと、よろしくお願いします
えっと、ワカネエさんって?」


同じように頭を下げてくれたのに
ついでに質問が返ってきた

・・・え、違う、のか?


「あ、あ、あのっ」


慌てているうちに身体ごとこちらを向いたから

更に慌てて仰け反った


それと同時に向かい側の若から重い睨みが飛んできて


・・・撃沈


「あの、さっきの」と話しかけられたが直ぐに若が止めた


ヤバい、生きた心地がしねぇ


生唾を飲み込んだ俺の視界に

小さくこちらに頭を下げた妖精が見えた


・・・誰か俺の骨を拾ってくれ


挽回の機会を待っていた俺に回ってきたチャンスは一回


食器を下げる妖精からトレーを貰おうと思ったのに
軽く躱されたばかりか、それを若に取られるという失態


結局、空回りに終わってしまった


「あの様子だと、また次があるだろ」


同室の兄さんに慰めてもらったが
若の睨みを思い出すだけで背筋がおかしい



・・・



あれから・・・


妖精は見ていない


たまに帰ってくる風吾さん情報だと
若の機嫌がこの世の終わりほど悪いらしい


・・・てか


もしかして


もしかする?


ヤベェ



挽回の余地無しだろ



そして、会合の夜


誰も近寄れない程の殺気を背負った若が現れた


肌を刺すような張り詰めた空気に
扉の外に立っているだけなのに身体の震えが止まんねぇ


これは木村の危機的状況
それを救うのはひとつしかない




妖精って・・・
蜜に寄ってくるんだったか?


兎に角、急いで調べてくれっ

俺一人でも探しに行くっ




side out









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