冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした
諦める



「お帰りなさい花恋ちゃん
早かったのね」


「ただいまかえりました。間宮さん」


━━━夕方四時


三時にケーキを食べたあと
ハッチに学園まで送ってもらった


「またな」


本当は“また”と言いたい気持ちを飲み込んで丁寧に頭を下げた


「今日はありがとうございました」


「あぁ、またな」


「気をつけて帰ってくださいね」


「じゃあ、またな」


ウッカリ釣られそうになるほど
ハッチは“またな”を繰り返した


それに応えない私は精一杯の笑顔で手を振った



夢のような時間だった


今日までは時計の針がなかなか進まなかったのに

今日一日はあっという間に過ぎてしまった


結局、中央図書館で貸出カードを作ることはなかった


でも・・・欲しい本は決まった


全国模試で順位を上げるたび報奨金を頂いてきた
そのほとんどが手付かずで残っているから

次の週末には書店であの本を買うことにしよう


次の目標が決まったところで
夕飯の手伝いのために立ち上がった








━━━━━━月曜日



「どうしたのよ」


挨拶より先に突っ込まれたのは初めてだった


「おはようございます」


「おはよう。じゃないわよっ
なんでそんなにボロボロなのよ」


いつも“フワフワ”とか“綿飴”とか言いながら頭を撫でてくれる向日葵さんも
今朝はそっと、そっと撫でてくる


「ボロボロですかね?いつもと変わらないつもりなんですけど」


「花恋、鏡を見なさい!鏡を」


そう言ってポケットから手鏡を出してくれた向日葵さんは私の目の前に差し出した


そっと覗き込んでみれば
ショボショボの目と酷いクマで不健康そうな顔が見えた


「ね?ボロボロでしょう?」


「えっと、怖い本を読んで寝不足で」


「怖い本って、こんな酷いことになるなら
途中で読むのやめなさいよ
あ、てか。土曜日はショボショボじゃなかったんでしょうね」


「土曜日はいつもの私でしたよ」


「それでそれで?」


「あ、向日葵さんから頂いた服を着ました
“可愛い”と言われましたよ」


「そりゃそーよ。花恋に合う物を厳選したんだからね」


「ありがとうございます」


「で?」


「ん?」


「犬とのデートはどうだったの?」


「向日葵さん。犬ではありませんよ
えっと、中央図書館へ行って
ハッチのお宅でお昼ご飯を頂いて
夕方には送ってもらいました」


「・・・え、それだけ?」


「それだけとは?」


「もっと、こうムズキュンするような
何かしらはなかったわけ?」


「ハッチは図書館友達なので」


「モォォォォつまんない子ね」


「友達でしたけど、もうやめようかと」


「えっ、なんでよ」


「大切な方がいるみたいなので
私みたいなのが近くに居ると誤解を招いた時に申し訳がなくて」


「なにそれ、なんなのクソ犬
彼女が居るのに私の花恋を誘ったってこと?」


「えっと向日葵さん凄く突っ込みどころ満載です
それにもの凄く口が悪くなってます」


「いいの、いいのムカついてるから
あれよね、駄犬は駆除よね」


顎に手を当てて思案顔の向日葵さんの視線の鋭さに息を呑んだ










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