冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



━━━土曜日


外出許可を得て、十時にはスマホのナビ機能を起動させバスに乗り街へと出かけた


目指すのは中央駅の東側にある大型ショッピングモール
着くと先ずはじめに今日の目的である書店に向かった


大きな吹き抜けを囲むように伸びるエスカレーターに乗りながら


初めての景色を目に焼き付ける


スマホのカメラで撮りたいけれど
こういう公共の場は盗撮に間違われてもいけないから撮影しない

というのは白井先生の受け売り


四階でおりると直ぐ目当ての書店があった


小説コーナーをひと通り探索したあと
スマホのメールを開いて予約していた番号を表示させる


レジの列に並んで番号を告げると、欲しかった小説が手に入った




【冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした】




寂れた神社の祠に棲む野獣は
満月の夜にだけ本当の姿を現す

新月の丑三時に三度裸足でお参りすると運命の相手に巡り合う

古い本で読んだ言い伝えを信じて
お参りする主人公の前に

満月でもないのにウッカリ野獣が姿を現してしまう痛快ラブコメディ



物語自体はよくあるファンタジーものだけど
中央図書館で見た野獣の挿し絵がもう一度見たかったのが
どうしても欲しかった理由


持参したエコバッグに本を入れると
次は雑貨屋さんを目指した


同じ階のちょうど真逆の位置にある雑貨屋さんは向日葵さんがおすすめしてくれた店


大切なスマホをウッカリ落として後悔したくないからカバーが欲しかったのだ


衝撃に強いという透明カバーは思ったより直ぐに見つかった


しかも人気No.1のPOP付き


理事長は私のイメージでピンクのスマホを選びたかったけれど

ピンクが無かったらしい


選ばれたのは淡い紫色
遠目で見ればピンクでもいけそうな
優しい色だと思う


その色を隠したくなくて、どうしても透明カバーが欲しかった


お目当ての物を買ったあとは
初めてのショッピングモールを散策する

四階から一階ずつ下におりて
フロアを隈なく歩けば


日頃の運動不足が祟ってか足が悲鳴をあげた


「帰ろう」


帰りのバスの時間を確認して中央駅裏のロータリーへと出る


学園前を通るバス停前で行列の最後尾に並ぶ


直ぐにやって来たバスは出発まで五分停車するアナウンスが流れた

特に用もないから先に乗り込んで座っていた私の視線の先に


黒いスポーツカーが見えた


「・・・っ」


見間違えるはずないその車に
忘れようとしているハッチの顔が浮かんでくる

バスから飛び出して行きたい気持ちを堪え
ギュッと掴まれたように苦しくなる胸を押さえてカーテンを引く


それだけでは隠しきれない景色の中に





ハッチに肩を抱かれた女性も映った

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