冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



「誤解してる」


「誤解だと?」


「向日葵に『大切な人がいるみたい』だと打ち明けた」


「チッ・・・んだよそれ」


「まさかと思うが誤解だよな?」


「当たり前だ」


「永飛と会った週明けには泣き腫らした顔だったそうだ
だから、間違いなく原因は永飛だろ」


「・・・図書館行って、ケーキ屋寄って実家に連れて行った」


「花恋ちゃんの変化に気づいてなかったのか?」


「いや・・・、食事が終わって
部屋に入ったあとでおかしな感じはしたが
直ぐにケーキの話になったから」


「部屋の中まではカメラもマイクもないから憶測でしかないが
そのやり取りの中に“大切な人がいる”と思い込ませる何かがあった」


誰かの為によく喋り、必死に思い出そうとする姿も初めて見るかもしれない


「一人暮らしの話だ
家事はしないのかと聞かれて・・・
俺はしないと答えた、ぐらいか」


「それだな」


「・・・どこだよ」


「永飛がしないのなら“誰か”してくれる人がいると考えたんじゃないのか」


「・・・クソっ
“誰か”じゃねぇよ風吾だ」


「だからそう言えば良かったんだ
何も知らないんだから一から十まで話してやらないと
推測する隙を与えることになる」


「チッ」


「じゃあ誤解はクリアな
次は岡村由香」


「誰だそれ」


「東白で三年間俺たちと同じクラスだった女」


「知らねぇ」


これまで永飛は、話し掛けることすら許さない威圧感を常に纏い
優しさの欠片も持たない“冷酷な野獣”
そんな通り名を持つ狼のような男だった

だから遠巻きに見ることしか出来なかった

その触れられない男に大事な女が出来たことがキッカケになった


「花恋ちゃんを突き落とした女」


そう言った途端立ち上がった永飛は


「身柄押さえてんだろ、引き渡せ」


怒りを解放した


「二ノ組が確保して三ノ組に引き渡した
もう誰も手出し出来ない」


花恋ちゃんを認めた三ノ組の組長が直々に仕置きを申し出たんだ
いくら若頭とはいえ永飛にも手出しは不可能だ


「クソが」


永飛は舌打ちと共に力なくソファに戻った


「今、花恋はどうなってる」


「処置が終わって理事長家族が一緒に居る
夕飯の後なら面会を許すって橘院長から連絡があった
ひとまず向日葵を連れて行くよ」


「・・・そうか
じゃあ、ケーキを持って行ってくれねぇか」


「外傷だけなら制限ないだろう」


「朝陽が行くまでに届ける」


「あぁ」


眉間に皺を寄せたままの永飛が
花恋ちゃんのことを思い浮かべる時にだけ表情が柔らかになる


向日葵の友達だからという訳ではなく
永飛を変えてくれた花恋ちゃんだからこそ

今度こそ間違えないと気を引き締める


「お前、花恋と喋るなよ
目も合わせるな。なるべく近寄るな」


「・・・・・・ブッ」


幼馴染で親友の初めて見せた顔だった




side out




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