冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした
初めまして?


「退屈」


「だろうな」



独り言に相槌が聞こえて、声のしたほうに顔を向ける


「・・・っ!」


そこに居たのは、イケメンだった


・・・誰?


面会時間ではない病棟の一角
自動販売機とテーブルセットのある陽当たりの良いスペースに

パジャマの私と・・・イケメン


「此処、見晴らし良いな」


「・・・です、ね」


しかも馴れ馴れしい

見るからに入院患者ではなさそうだし

病室にいても退屈だから壁伝いに時間を掛けて此処まで来たけど


仕方ない。病室に戻ろう


じっとしている分には痛みもないけれど
動き始めはまだ激しい痛みを伴う


腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がろうとテーブルに手を置くと


「話がある」


イケメンさんは切羽詰まったような表情をして隣に座った


「えっと」


知り合い・・・じゃないよね?


記憶の中に向日葵さんのお兄さん以外のイケメンさんがいなくて戸惑う


「誤解を解きたいんだ」


更に難解な言葉に不躾な視線を向けた


「あの」


「ん?」


「どこかでお会いしましたか?」


「は?」


「え?」


やっぱりイケメンの鳩豆顔は狡い


「本気で言ってんのか?」


「本気も何も、こんなイケメン
会ったら忘れないと思うんですけどね」


「ちょっと、此処で待ってろ!」


急に立ち上がったイケメンさんは
物凄い勢いで走って行った


「フゥ」


なんだったんだろ、人違い?


窓に視線を移して、空を眺める


入院期間は一週間
怪我も痣も日にち薬だよって聞かされているけど


なにかスッキリしない頭の中に
病室でも空を眺める時間が多くなった


それが何かは分からないんだけど


時折急に頭が痛くなる以外は


「普通なんだけどなぁ」


「普通じゃねぇだろ」


「・・・っ、ビックリした」


急に背後から声がして少しだけ首を捻ってみると
さっきのイケメンさんと院長が居た

椅子を引いてきた院長は膝を突き合わせるように座った


「コイツに見覚えは?」


イケメンさんを指差す


「全然」


「そうか」


知り合いならあの馴れ馴れしい感じも頷ける

でも、全く覚えがない


「あの」


立ったままのイケメンさんを真っ直ぐ見た


「なんだ」


「知り合いですか?」


なんとか思い出すキッカケが欲しいのに


「・・・あぁ、だいぶな」


絞り出したような声と揺れる瞳に
胸がギュッと締め付けられただけだった


院長はイケメンさんを見上げて立ち上がる


「長期戦覚悟なんだろ?」


「あぁ」


「強い負荷をかけるなよ」


「分かってる」


私にはわからない会話をして
院長は「午後の回診でな」と手をヒラヒラさせて行ってしまった




私はこの人のことを忘れているのだろうか


院長が座っていた椅子を戻すイケメンさんを目で追う



記憶がないのは怪我をした衝撃かと軽く考えていたのに





私はなにを忘れているのだろう












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