冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした



「確かに、思わなかったと言えば嘘になります
こちら側を知らない花恋より、木村の若なら相手は五万といる」


「俺は気持ちが同じじゃない相手は無理だ」


「花恋が苦しいなら、深追いせずに手放すことも考えてください」


近藤がもう一度頭を下げたと同時に
勢いよく襖が開いた


スパンという大きな音に
部屋に居た四人の視線が向かう


そこに立っていたのは怒りを露わにする向日葵と今にも泣きだしそうな顔をした花恋だった


許可も得ずに足音を立てて入ってきた向日葵は
テーブルを挟んで向かい合う俺たちの間に腰を下ろすとドンとテーブルを叩いた


「なんなのっ!当事者の花恋を差し置いて!
和哉、頭がおかしいんじゃない?」


怒りに震える向日葵の目から涙が溢れ落ちると同時に眉を下げた花恋が近づいた


「向日葵さんっ」


ワナワナと震える両手を右手ひとつで取った花恋は向日葵を自分に向かい合うように手を引く


「向日葵さん。私のために怒らないで」


「だって、だって、花恋っ」


あぁ、花恋は良い友達と巡り会えた


「その気持ちだけで十分ですよ向日葵さん
ありがとうございます」


感情を露わにする向日葵を見るのは初めてだけど
涙を溢しながらも必死で笑顔を作ろうとする花恋を見ているだけで


胸に温かさが広がる


「向日葵、花恋ちゃん。和哉はね
ただの挨拶のつもりだったんだよ」


苦し紛れの親父の言い訳を完全に無視した向日葵は


「これまで見守るとかいう偽善の放置で来た癖に
チャンスなんて山ほどあったはずなのに適当に理由を付けて放置してきた癖に
親子名乗りをしただけで父親気取りが気に入らないの
花恋、無理に和哉と暮らさなくていいんだからね」


酷く冷たい表情で和哉を睨んだ


「向日葵さん」


「本当に娘を想っている父親なら、花恋を泣かせるはずがないじゃないっ」


「・・・っ」


感情に任せてはいるが、向日葵の言ってることは正論だ


それに反応したのは肩を落とした和哉だった


「向日葵お嬢、花恋。申し訳ない」


泣き上戸とは知っていたが泣き過ぎだ


外野がなにかを画策するより
当事者である花恋が過ごしやすい環境を作るのが最優先だ


「花恋」


俺の呼びかけに涙を拭った花恋は向日葵と繋いだままの右手を離してこちらを向いた


「どこから聞いてたんだ?」


「・・・えっと、ほぼ初めから」


「・・・そうか
で、花恋はどうしたい?」


「私が決めても良いんでしょうか?」


「花恋の人生なんだ、花恋が決めなくてどうする」


その言葉に僅かに口元を緩めた花恋は


「ギプスが取れるまでハッチの家でお世話になります
後のことは、またその時に考えたので良いですか?」


近藤に真っ直ぐ向き合うと、親子として籍を入れて一緒に住むという話を流した


「あぁ、それで構わない」


辛そうに顔を歪める近藤に

「ありがとうございます」

花恋は丁寧に頭を下げてみせた


「やだ、もう。感情がコントロールできないっ」


「向日葵さん。部屋に戻りましょう」


花恋はゴシゴシとハンカチで涙を拭う向日葵を気遣うように、重い雰囲気の残る部屋から連れ出した




side out








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