冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした


「いつまでもこうしていたいが
怪我人は休ませないと、後々響いてくるからな」


名残惜しそうに離れたハッチは「サァ」と手を引いた


寝室に入ると私をベッドに座らせて、ハッチはウォークインクローゼットの中へ入って行った


「これなら大丈夫だろ」


戻ってきたハッチの手には服が乗っている


パジャマの代わりにと渡されたのはハッチのTシャツとショートパンツ


「シャワー浴びてくるから、その間に着替えると良い」


「ありがとう」


「手伝ってやりたいが」


「片手でも平気です」


ニヤリと口角を上げたハッチは「残念」と手を振って寝室を出て行った


「さて」


橘病院で処方された薬も湿布も武家屋敷に置いたまま


一日くらい大丈夫だと思うけれど
今はまだ解熱剤が効いている状態だからなんとも言えない


右手だけを使って身体を捩りながら、服を脱いでハッチのTシャツを着てみる


「ワンピース」


三十センチの身長差を身をもって体験することになった


「てことは」


ショートパンツを履いてみたけれど
ウエストにある紐をキツく縛らないと脱げてしまう

片手ではそれも出来ないから、暫しフリーズ


「諦めよう」


手を離しただけで足元に落ちるショートパンツを畳んで
さっきまで着ていたクロップドパンツを履いた


ハッチのTシャツだけじゃ寝ている間に捲れが心配になる


結局のところ、考えるより先に答えは出ていて
今日、スカートを選ばなくて良かったとベッドに腰を下ろしたタイミングでハッチが戻ってきた


「早っ」


「シャワーだけだからな」


「髪は、乾かさないの?」


「あ、・・・んと、花恋の顔が見たかった」


「・・・反則です」


「てか、なんで下は変えてねぇんだ?」


「ブカブカで無理でした」


「紐があっただろ」


「千切れるくらい締めなきゃ無理ですよ?」


「・・・ま、今日は仕方ないな」


「ですね」


ストンと隣に腰掛けたハッチはタオルでガシガシと頭を拭き始めた


シャンプーの匂いが仄かにして、ハッチのいつもの匂いじゃないことに気づく


「ん?」


突然手を止めたハッチは僅かに顔を傾けた


「あ、と。いつものハッチの匂いがシャンプーじゃなかったと思って」


「ん・・・待ってろ」


突然立ち上がったハッチはそのままウォークインクローゼットの中へ入って行き小さな瓶を持って出てきた


「ほら」


手渡された小瓶には【E】とラベルが貼られている


「これは?」


「香水」


「ハッチは香水をつけてるんですね」


瓶を鼻に近づけるといつものハッチの匂いがした


「優羽ちゃんが俺のイメージで作ってくれた」


無口無愛想、他人に興味なしの人外イメージだろうか?


こっそり見たつもりなのにバッチリ目が合って撃沈


「テメェ」
強く鼻を摘まれることになった


「イタタタ」


「加減してる」


「そんな問題じゃないですよっ」


「クッ」
喉を鳴らしたハッチはお風呂あがりの上気した顔も加勢してか色気が凄い


一緒に寝られるだろうか?


私の心配なんてただの取り越し苦労
強制的にハッチの腕の中に閉じ込められたあとは


少し高い体温に包まれて


ドキドキする間もなく眠りに落ちていた



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