冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした


「はいは〜い。お二人さ〜ん。おはようござい、ま〜す」


バタンと扉が開いた途端に間延びした緩い声が響き渡った


「煩ぇっ」


それに反応したハッチの声に完璧に目が覚めた


「ほら、花恋が起きただろーが」


身じろぎはしたものの、温かい腕の中は居心地が良くてそのまま微睡む


「若も花恋ちゃんも朝ご飯できたから起きてくださ〜い
昨日は本家に戻ると思って皆んな首を長〜くして待ってたのに
バックれちゃうんだもんね、ほんと、うちの若はどうしちゃったんだろ〜ね〜」


朝からテンションの高い風吾さんのマシンガントークは、ハッチが耳を塞いでくれたお陰で、かなりボリュームが抑えられた


「煩ぇ!」


二度目のひと吠えに
「もう俺、泣いちゃうからね〜」


泣いたところで絶対嘘泣きだろう


ゆるゆるの風吾さんはハッチのひと吠えなんて聞こえなかったみたいに「なる早でっ」と鼻歌まじりに気配を消した


「花恋、おはよ」


「おはようございます」


「アイツ煩えから、ひとまず支度すっか」


「はい」


そっと起こしてくれるハッチは、やっぱり優しくて


「あり、ブッ」


お礼を言うつもりが酷い寝癖に吹き出してしまった


「あり?」


「いえ、フ、ありがとうございます?」


なんとか堪えて言葉にしたのに


「ん?」


面白い頭で首を傾げるから、もう歯止めが効かない


「フフ、フフ、ハハハハ」


「なんだ?花恋」


こうなってはもう喋れない
手を伸ばしてピョンピョン跳ねている髪を撫でてみると


「笑ったな」


意地悪な顔のハッチに鼻を摘まれた


「モォ」


「俺を笑うからだろ」


「ハッチの髪が面白いからですよっ」


フフと笑う私の手を引いて寝室を出るハッチは


「ブッ」


風吾さんにも吹き出された


無言のまま洗面所に着くと、並んで歯磨きをすることになった


「コップいるか?」


「お願いします」


「顔は片手でいけるか?」


「ヘアバンドはないですよね?」


「あ〜、俺のでいいなら」


「お借りしますね」


隣で甲斐甲斐しくお世話してくれるハッチは“寝癖直しミスト”なる物を使って、いつものイケメンに戻った


「風呂に入りたいだろうに、悪かったな」


洗面所から見えるお風呂の扉は開いていて
雑誌に出てくるみたいなバスルームに驚く


「一日くらい平気ですよ」


「そうか」


申し訳なさそうなハッチと手を繋いでリビングルームへ戻った


「サァ食べよ〜」


エプロン姿の風吾さんはスリッパの音を立ててキッチンとダイニングテーブルを行き来している


「花恋ちゃんお熱は下がったかな?」


「あ・・・もう、平気みたいです」


風吾さんが衝撃的過ぎて熱があったことも忘れていた


風吾さんも一緒に食べる朝食は、フォーク一本で食べられるように配慮されていて有り難い


「風吾さん。ありがとうございます」


フォークを持って頭を下げると


「どういたしましてぇ〜」


変わらない緩い返事が笑顔付きで返ってきた









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