冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした
母の想い



「あ、これ美味しい」


寮でも間宮さんがよく作る無限シリーズのピーマンが
ここでは細く刻まれた人参も入っている


「だよね〜、ほら若、花恋ちゃんに褒めて貰えたよ〜俺」


褒めて欲しいとハッチを見る風吾さんには背後に大きな尻尾が見えるようだ


「不味い」と一蹴するハッチは
「無限ピーマンに人参入れるな」と人参嫌いを暴露した


「フフ」


「んだよ、花恋」


笑ってしまった私にハッチは唇を尖らせる


「ハッチは人参嫌い?」


「嫌いじゃねぇよ、苦手なだけだ」


「フフ」


実は負けず嫌いというハッチの新たな発見をしたり


三人での食事は楽しくて沢山笑った


食器を下げる手伝いも免除された後


「若と花恋ちゃんはソファで待ってて」
リビングルームから出て行った風吾さんは大きな箱を持って戻ってきた

テーブルの上に乗せられた箱は、よく見るサイズと違って、大きさの割に厚みが十センチほど

角が潰れたり、所々汚れていることから古い物だと分かる


「これなんだ?」


警戒心たっぷりにハッチが声をかけた


向かい側に座る風吾さんはハッチに頷いて見せると


「これね、花恋ちゃんの居た“望みの家”から届いたんだ」


さっきまでのゆるゆるさを封印したようで、真面目な顔で私の方に箱を動かした


「・・・なんだろう」


触れようと右手を伸ばした瞬間、その手はハッチに捕まった


「待て。風吾、中は確認したのか?」


「佐田さんの娘さんが来られた時に、親父と姐さんが確認してる」


「そうか、じゃあ花恋。大丈夫だ」


「はい」


返事はしたけれど右手だけではガムテープすら剥がせない


それを見越したようにハッチは手伝ってくれた


少し埃っぽい箱が開かれると
鮮やかな色が目に飛び込んできた


・・・お母さんの絵本


十数年振りに現れた懐かしい絵


「・・・っ、おか、ぁ、さん」


声にした途端、迫り上がってきた感情が嗚咽に変わった


途切れ、途切れにしか思い出せない母の記憶
その中でも一番鮮明に覚えている母の絵本の行方を知らずにいた


そっと抱き寄せて背中を撫でてくれるハッチの胸に擦り寄る


受け止めてくれる温かさに迷いなく自分を曝け出した




「良かったな、花恋」




「お母さんに会えたな」





頷くだけで精一杯




嬉しくて


嬉しくて



波立つ気持ちを落ち着けるのに時間がかかった


「ほら」


冷たいタオルを渡されて顔に当てる
子供みたいに声を上げて泣いたから目も鼻も熱くて

冷たさにひと息吐いた


「望みの家の納戸を片付けていた時に見つけたって」


「・・・そうでしたか」


「逆に遅くなって申し訳ないって何度も謝っていたそうです」


「ありがとうございます」


風吾さんにお礼を言うと


「若はこれからあっちのテーブルで仕事をするんで
花恋ちゃんはゆっくりしててね」


気を利かせてくれた


「なんだ?仕事って」


それに反応したハッチは片方の眉を引き上げたものの
「いいからこっちっす」と引っ張られて渋々立ち上がった





























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