冷酷と悪名高い野獣は可憐な花に恋をした


バサバサッ



「・・・あっ」


「花恋っ、大丈夫か」



右手で強く引き過ぎて画用紙の束がテーブルの下に落ちた


「・・・うん」


ハッチの手を借りながら一番から裏返して重ねていく


最後の束を持った時に
「花恋、これ」


裏表紙に貼り付く封筒に気がついた


落ちたことで見つけた封筒は全面が糊付けされている


丁寧に剥がしてくれたハッチは私に手渡すと元のテーブルに戻った


・・・なんだろう


封を開けると中から便箋が出てきた


四つ折りのそれを開くと、絵本と同じ丸い文字が目に入った




・:*+:..+* :・:*+..:+*:・



ー花恋へー



隣で寝ている花恋に手紙を書くのは、とても不思議な気持ちです

今のあなたは何歳になりましたか?

そばにいる花恋は四歳になったばかり
お母さんの書いた絵本が大好きな活発な女の子です

今のあなたも四歳と変わらず本が好きだといいな

この手紙を書こうと思ったのは
花恋にお父さんのことを伝えたかったからです

もう少し大きくなって、色々なことが理解できるようになれば話して聞かせるつもりですが
人生、何があるか分からないことを思い書き記すことにしました


花恋のお父さんは近藤和哉さん


真っ直ぐで不器用で、愛しい
お母さんの大好きな人です

花恋を授かった日
お父さんは嬉しさに一日中泣いて
性別も分からないのに【花恋】と名前を決めました

もちろん結婚も考えました。でもね

当時既にお父さんには守るべき主がいて、それを誇りに働いていました

ただ、自分の仕事がお母さんの絵本作家になる夢に影響するかもしれないとの現実と向き合った時

その誇りを手放すことを考え始めたの

結婚という形に拘るのをやめたのは
お父さんをそんな日々から解放してあげたかったからです

結婚しなくてもお父さんは花恋のお父さんだもの

そして、私の大好きな人に変わりない

花恋には理解できないかもしれないけれど二人の出した結論です

今の花恋がお父さんと出会っているのかどうか分からないけれど

どうかお父さんを責めないでください

大好きな人の子供をどうしても産みたかったお母さんの想いが

花恋に伝わりますように


ーー年三月三日花恋四歳の誕生日に

母より



・:*+:..+* :・:*+..:+*:・



「・・・お母さん」


伝わったよ



私を産んでくれてありがとう




ポロポロと涙を溢す私は母の手紙ごとハッチに抱きしめられていた


「花恋の泣き虫は父親譲りだな」


「・・・ん」


「お母さんの手紙どうだった?」


「・・・どう、ぞ」


読んで欲しくて手紙を差し出す


「いいのか?」


「はい」


隙間から手紙を受け取ったハッチは私を抱きしめたまま手紙を読み始めた


そして・・・


「良いお母さんだな」


少しだけ腕に力を入れた


「はい」


「これを読んで父親との関係を変えたくなったら伝えるが」


「いえ、私もお母さんと同じ。このままで良いと思います」


「そうか」


結婚しなくてもお父さんはお父さん
母の手紙にあるように

母の想いを尊重したいと思った











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