ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


「ったく…岳のやつ何やってんの? 桜葉ちゃんをこんな不安にさせて」

「い、いえっ、婚約者さんがいるなら…他の女性と仲良くするのは相手もいい気分しないだろうし……院瀬見さんのしてることは当然というか──た、ただ、私が少し気になっただけなので悩みっていうほどでは……」

「嘘。めちゃくちゃ岳のこと気になるって顔してるよ〜。って言うか、なんでそんな泣きそうな表情になっているのか…桜葉ちゃん自身ももうわかってるんじゃない?」

(……神谷さん…何でこんな全部お見通しに…)

そんな神谷を前に、自分の気持ちを今更嘘やごまかしで取り繕ったって仕方がないような気がしてくる。

自分が傷つかないよう本当の気持ちを嘘で固めて偽ったって、後に一体何が残るというのか──虚しさ、寂しさ、それに自身が抱いた想いへの罪悪感……昔の経験が桜葉には何も生かされていないのだ。

そんな自分の不甲斐なさに呆れ返った桜葉はふと、朱色に染っていく壮大な夕焼けの景色が視界に入り、一瞬にして心奪われてしまう。

(…こんな綺麗な景色、最近見てなかったな…)

何故だがそんな空の下、自分はどんだけちっぽけな悩みを抱えているのだろうとさえ思えてくる。
そして先程までの愛想笑いの仮面を取り払った桜葉は溜めていた想いを一つ神谷に漏らすと、少しだけ心が軽くなるような気がした。


「──神谷さん、わたし……人を好きになるのが、すごい怖いんです。
以前……とても好きになって付き合った人がいたんですけど、彼…色々あって私じゃなく、私の親友と結婚することになって──それで私達は……お別れすることに、なったんです。
その時、好きになった人が自分ではない誰かを選ぶことがとても辛くて……そこから前に進めなくなってしまって」

この半年、仲の良い千沙や潮にさえも自分の辛い過去を話したことはなかった。
なのになぜか、知り合ったばかりの神谷には素直に自分の気持ちを打ち明けられている。
これは神谷に惹きつけられる引力なのか魅力なのか──桜葉は不思議な感覚に陥っていた。

「そっかぁ……ん、まぁ、人は誰しもすんなり行かない恋なんて一つや二つあるもんだよ、時にはその辛い出来事が深く根付くことだってある。
……でも反対に、人ってそれを糧にいつかは立ち直れるんもんだって俺は思うんだ──だから何度でも人は人に恋をすることができる……って、これただの自論なんだけどね」




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