ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


「神谷さん……」

この時の神谷は、もしかしたら己の叶わなかった恋愛事でも思い出して話していたのかもしれない。
途中、柄でもない自分の発言に気付いた神谷は最後にウィンクをしながら少しおちゃらけて見せたのだった。

「さっきさ、蓮見令嬢との結婚話が本当って話したのは嘘じゃないけど、そこに岳の本心は伴っていないんだ。
あいつは一見遊んでそうに見えるけど、根は真面目過ぎるぐらい真面目なんだよ。……まぁ、あまり詳しくは俺の口から言えないけれど、岳は間違いなく桜葉ちゃんのこと大事に想ってるよ。それに、桜葉ちゃんも…ね」

(…そう、だったら……神谷さんの言葉通り、院瀬見さんの中に少しでも私が存在してくれていたら…どんなに心強くて嬉しいことだろうか──)

「……あの、恥ずかしいことに、最近なんです、私の中で院瀬見さんの存在が大きくなっていたと自覚したのは。
── 今まで接してきた院瀬見さんは見た目と違ってお茶目で恥ずかしがり屋で優しくて……いつも私を気にかけてくれて。あ、でも始めは最低な人だと思って叩いたりしちゃったこともあるんですけど……でもある時、危ないところを守って助けてくれて」

一度、岳が気になってることを口に出すと、自分が思っていた以上に彼の存在が大きいのだと認識してしまう。
次々と、今まで接してきた岳との出来事や彼の表情が脳裏に浮かんでくるようだった。

(……もう、院瀬見さんの顔しか浮かんでこないや)

桜葉は穏やかな笑顔を見せると、少し心に引っ掛かっていたある疑問を神谷に聞いてみたのだった。

「…私、院瀬見さんのこともっと知りたいですっ。神谷さん教えてくださいっ、院瀬見さんは、あの…婚約者さんのことを本気で愛して結婚を? それとももしかして…」

(──もし少しでも違うっていうのなら…自分にまだ入れる余地があるのなら、今度は諦めずに頑張りたいっ、自分の想いをこれ以上(ないがし)ろにしたくない)

「まぁ、確かに……好きで結婚、とは全然違うかな。ん〜これ以上のことはやっぱり桜葉ちゃんが直接岳に聞いたほうがいいよ。
でも…もし岳のことを深く知っても、嫌わないでもらえるかな?」

「?はいっ、嫌いになんかなりませんっ」

そう告げると神谷は満面の笑みを浮かべ残りのコーヒーを飲み干すとその場に立ち上がり背伸びをする。

「じゃあ、俺はボチボチ戻るとするかな。──あ、あと岳が食堂に来ないのはたぶん、アイツがゴチャゴチャと律儀に考え過ぎちゃってるだけだと思うから気にしないでね」

「は、はい。あの、今日は話しを聞いてくれてありがとうございますっ」

そう言うと神谷は片手をヒラヒラと振りながら自分の部署へと戻って行ったのだった。





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