ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする

10.想い想われ嫉妬する *桜葉*






夢と現実の狭間──


桜葉は今、その間を行ったり来たりしていた……頭も体もフワフワと浮いているような状態だ。

自分の想いを口に出した開放感とここ最近、寝不足が続いていたせいもあって目を閉じるとすぐ夢の世界へ(いざな)われてしまいそうになる。
でも今眠ってしまったらきっとそこから起きれなくなってしまう──そんな心の葛藤が桜葉の中で起きていたのだった。
その最中にも心地良い優しい風が桜葉の頬や髪を撫でるかのように通り過ぎていく。

岳の本心は一体どこにあるのか……うやむやな疑問を抱えたまま神谷が去った後、桜葉はベンチでうたた寝をしてしまったのである。
──が、そんな時であった。

誰かがこちらへと近づいてくるような足音を桜葉の耳は微かに感じ取ったのだ。

(……あ…だれか、く、る…)

起きなきゃと思いつつも眠気が強く瞼がなかなか開いてくれない。
そしてまだ完全に現実の世界へと戻りきれていない桜葉の頭は呆然としたまま。
しばらくすると、次第に自分の周りには甘い香りが漂い始め、鼻をすり抜けていったその香りは桜葉の記憶中枢を刺激した。

(あ、れ……この香り、って)

どこかで香ったことのあるその匂いを思い出そうとしていたその瞬間──
ギシッというベンチの撓る音が聞こえてくる……と、同時にその甘い香りは一段と濃くなり今度は桜葉の顔にまとわりつく程の近さを感じたのだ。


……しかし、その香りはいつの間にか風の流れに消え、残り香さえも無くなってしまった。
暫くして眠気も徐々に晴れていき、ようやく現実の世界へと戻ってくることができた桜葉はゆっくりと瞼を開けていく。

「……あ、れ…私、どのぐらい寝て……?」

辺りを見渡すと先程とは何も変わらない風景、その状況に桜葉は慌てて自分の腕時計に目を向ける。

「……はぁ…良かった、まだそんなに時間は経ってないみた──」

その時、桜葉は気付いた。
ベンチに項垂れていた手を動かした拍子に、何かがその手に触れ床に落ちた感覚。
慌ててベンチの下を見ると、そこには一枚のハンカチが落ちている。

(…これ、って……私のハンカチ?)

手に取るとそれは紛れもしない自分のハンカチ。
先週、岳に貸したあのハンカチ──

「このハンカチが…どうしてここに……」

──その疑問に思い立った瞬間、直ぐ様ベンチから立ち上がった桜葉は急いで辺りを見回した。
しかし、やはり屋上には桜葉以外誰もいない。

(そうだ…あの甘い香り……確か院瀬見さんのオーデコロン。
院瀬見さん、さっきまでここにいたんだっ)

ならなぜ起こしてくれなかったのか。
起こしてくれたら……


院瀬見さんに逢えたのに。

肝心なときに眠りに落ちてしまった自分に嫌気をさしながら肩を落とした桜葉は、再度ベンチへと腰を下ろしたのであった。




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