ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする

10.想い想われ嫉妬する *岳*






エレベーターで屋上へと向かう間、岳はずっと腕を組んだまま憮然とした表情を浮かべていた。
自分から桜葉のことを避けていたくせに、今は無性に彼女に逢いたくて仕方がない。
そんな身勝手な感情に振り回され過ぎたのか、ふと力の抜けた笑みを浮かべてしまう。


(ハッ……いくら鳴宮さんを想ったところでどうなると言うんだ──それに気になるからといって今更、潮くんとの関係を尋ねて何かが変わるわけでは……)

自分で決めた大義を果たす為に好きでもない復讐相手の娘と結婚する──けれど、今になって本気で心動かされる女性と出会ってしまうというのは……この短期間で岳の感情は壊れてしまうほど揺さぶられている。

エレベーターを降り屋上へと続くドアノブに手をかけたその手にはじんわりと汗が滲む。

(たった数日逢っていないだけで、異様に緊張するな……)

扉の向こうにいる桜葉の姿を思うだけで鼓動が速くなり頭が呆然としてくる。

(ハァ……本当やべぇな、自分が思っている以上にかなりの重症──)

いい歳して情けない自分にダメ出ししてしまいながらも重い扉を押し開けた岳は、辺りを見渡しながら桜葉の姿を探す。
するとあるベンチに一人の女性が座っている後ろ姿が視界に入ってきた。

(──あれは……鳴宮さん、か?)

幸いと言うべきか今の時間、岳と桜葉の他に人の姿はない。

──コツコツコツ……

桜葉の座るベンチへとゆっくり近付いていく岳の靴音だけが風に乗って辺りを響かせていく。

(って言うか…さっきから鳴宮さん全然動かないけど何してるんだろ?)

桜葉の座るベンチまであと一メートル程の距離だというのに彼女はピクリとも動かない。
靴音が響いて気づきそうなはずなのに──などと考えながらベンチに座る桜葉の前へと移動した岳。

(ん……?
もしかして鳴宮さん、寝ているのか。…こんな所で寝てたら風邪を)

起こそうと桜葉の肩に伸ばしかけた手がピタッと止まる。

目を閉じているからこそ分かる長い睫毛、淡くピンク色に染っている頬、夕日に透ける綺麗な髪色……それに、潤んだ唇──

無防備に眠る桜葉の寝顔に岳はつい視線が釘付けとなり、そのまま目が離せなくなってしまったのだ。


「鳴宮さん……俺は」

そんな可愛らしい姿を見せられて冷静に対応出来るほど岳は聖人君子ではない。
一度止まった手は方向を変え、桜葉が寄り掛かるベンチの背もたれへと再度動き出す。

──ギシッ

背もたれにかけた手に体重をのせるとベンチの撓る音が容赦なく響き渡る。

自分の願望か、それとも本能なのか……岳の意識は桜葉の唇へと吸い込まれていく。

そして唇同士が触れ合うところまであと数センチ────


(……このまま、彼女の何もかもをも奪うことができるなら……どんなに良かったか──)

そう思い留まった瞬間、岳は唇をギュッと噛み締め、背もたれに置いた手は爪痕が残るぐらいの強さで握り締めていた。
そして寸前の所で桜葉から遠ざかってしまった岳は、借りていたハンカチを桜葉の横にそっと置いたままその場を立ち去ってしまうであった。


岳と桜葉──

二人の想いは同じ方向へと向いているはずなのにその本心はすれ違ったまま……

そして二人はパーティー前日を迎えることとなってしまうのであった。





< 111 / 178 >

この作品をシェア

pagetop