ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする



(そうか、それで院瀬見さんは誤解して……って、なんか…必死に弁明する姿、ちょっと可愛いかも)

岳に気付かれないよう俯きながら桜葉は少しだけ口元を緩ませる。

「そんな…気にしないでください。確かに潮くんから告白…は受けましたけれど、それはちゃんと断ろうと思っているので…──それに私は……」

(院瀬見さんのことが、好きです──って本当は伝えたいな……諦めたくないって思う。でも今、婚約者がいるかもしれない院瀬見さんにそんなことを言えば…彼を困らせてしまうだけなのかもしれない。
まずはちゃんと結婚の真相を聞いてから……って、アァ〜…けどやっぱり振られたらと思うとなかなか勇気が──…)


そんな堂々巡りなことばかり考えていると、電車は徐々に急ブレーキをかけ始め会社の最寄り駅で完全に止まりだす。

ドアが開くと一斉に外へと流れ出す乗客達、小柄な桜葉はその流れに身体が持って行かれそうになるが、それをまたもや岳の力強い腕によって阻止してくれたのだった。

結果的にまた岳に守られてしまい、その力強い腕に包み込まれるような形になってしまった桜葉。
まるで抱きしめられているような、そんな感覚に陥ってしまいそうになる──


(…院瀬見さん……)

大抵の乗客が降りたところで発車のベルが鳴り始める。
そのけたたましい音で完全に自分達の世界に入ってしまっていた桜葉達はハッと我に返り、「降りなきゃ、ね」と、岳が桜葉の手を掴むとそのまま引っ張り急いで電車を降りたのだった。

振り払ったはずの岳の手が再び自分の手を握ってくれている。

心が疲弊する──

恋愛というのは真に心が擦り減っていく感情だ──けれど、それでも人は愛を求め続ける。

桜葉もまた、流されてはいけないと思うのに岳の一つ一つの行動にドキドキさせられてしまっている。
もし今、自分の素直な気持ちを岳に言ったら、彼は一体どんな反応をするだろうか。

気持ちに応えてくれる?
それとも困った顔をして断る?
完全に拒絶とかになったりする?
気まずく…なる?

──“好き”と一言口に出すだけなのに、院瀬見さんの前だとそれが言えなくなる……
先生の時はその一言が言えたはずなのに。


(……伝えたいのに、それが怖い…だなんて)

自分でもわからないのに更に自問自答しようとする桜葉──あれこれと考え過ぎてしまっているこんな状態では、もはや答えなんか出るはずもない。




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