ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


今もどこかで同じ会社の人が自分達のことを見ているかもしれないのに、岳はそんなことは気にせずなのか、それとも周りが見えていないだけなのか、変わらず桜葉の手を取りながらスタスタと早いスピードで歩いていく。

そもそも足の長さが違うのだ。
そのスピードについていけるわけもなく、徐々に桜葉の呼吸は荒くなりついには咳き込み始めてしまった。

「コホッコホッ……あ、あの院瀬見さん、ちょ、早……コホッ」

咳き込む桜葉の異変に気づいた岳は、苦しそうな彼女の様子に慌てて足を止め急いで駆け寄ってきてくれた。

「ご、ごめん鳴宮さんっ。
少し考え事をしていて……歩くの速かったよねっ」

岳のその慌てっぷりに咳で息を切らしながらも、桜葉は思わずプッと軽い笑みが溢れてしまう。

「鳴宮、さん…えっ、どうかした?」

「だ、だって今日の院瀬見さん、いつもと違ってなんか慌ててばかりだから、思い出すと少し可笑しくなってしまって」

すぐ止めるつもりだった笑みが思いの外止まってくれない、今日の岳の慌てっぷりを思い出すたびに尚更壺にはまっていくようだ。

「ハハッ、あ、ご、ごめんなさいっ、す、すぐに止めます、から──」

笑いながらもふと顔を見上げると、そこには今まで以上に優しくて柔らかで、そして愛しそうな表情で桜葉を見つめる岳がいたのだ。


(え……)

その表情に桜葉の笑いは一瞬で吹き飛び、代わりに岳から目が離せなくなってしまったのである。

「──やっぱり、鳴宮さんは笑った顔のほうがよく似合う。
……あ〜と、それから、その…俺も他の皆みたいに…桜葉さん、って下の名前で呼んでも、いいかな?」

「あ…は、はいっ、喜んでっ!」

(……え、いや、喜んでって、何言ってるんだろ…完璧に流されまくってるじゃん、私っ。
で、でも院瀬見さんが下の名で私を呼ぶ──そんなシーンを想像すると嬉しすぎて、つい変な返事をしちゃったんだよぉ〜……)

「コホッコホッ!」

「桜葉さんっ、本当に帰らなくて大丈夫……」

「だ、大丈夫…大丈夫ですっ。たぶんすぐ治りますから」


──と、余裕を見せていた桜葉だったが、色々と考え過ぎて寝不足だったからか、それとも元々の風邪を拗らせてしまったからなのか……この日の帰り道、体調は悪化の一途を辿ってしまうのであった。



𓂃𓈒𓂂𓏸𓂃𓈒𓂂𓏸𓂃𓈒𓂂𓏸𓂃𓈒𓂂𓏸次回予告

次回からはしばらくの間、桜葉の苦々しい過去恋愛が続く予定です(˶߹꒳߹)
いつも読んで頂きありがとうございます。

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