ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


暫し二人の間には無言の空気が漂ってしまう。

よりにもよって生徒に、授業を練習する情けなく恥ずかしい場面を見られてしまったという康太先生の戸惑いの感情。

よりにもよって先生がこっそり授業の練習をしている所に出くわし、何と言って良いのかわからない桜葉の気まずい心情──

そんな感情と心情が混ざり合った重苦しい雰囲気。
この場を切り抜ける策をどちらからともなく口にできない上にそのような空気感が流れてしまっては、更に気まずさが倍増していく始末。

──が、いつまでもこんな状態で油を売っていては本当に特売品が売り切れてしまう、そんな邪な思いから桜葉が先に口を開き始めたのだった。

「あ、あのぉ~先生。私、このことは誰にも言いませんし……それに練習するのは悪いことじゃないですっ。
それだけ私達生徒のことを思って…」

「あ、あがり症……なんです」

聞こえるか聞こえないかのギリギリな声量でボソッと呟いた先生は、赤らめた顔を上げた拍子に桜葉の目線とやっと合うことができた。

(あがり、症……)

「…って、あの、先生なのに…ですか?」

率直に思ったことを口に出してしまった桜葉は慌てて口をつぐむがもう遅い。
康太先生はその言葉でまた俯いてしまったのだ。

「……そ、そうです。
先生()()()ですっ。ちなみに言ってしまうと口下手ですし人間不信気味ですし、それに──」

「…プッッ……ハハッ! せ、先生っ、そんなに暴露しちゃっていいんですかっ?」

今まで感じていた、いつも落ち着いている先生とのギャップに思わず耐え忍んでいた感情がつい噴き出してしまった。

(確かに教室内での先生は弱々しい一面があるけど、でも見た目は顔以外そのままの体育会系だし生徒達とも気軽に話してたから、そんなの全然気付かなかった)

「わ、笑わないでくださいよっ。
そ、それに誰にでもこんな話しなんてしません……話すのは鳴宮さんを信用しているから。
いつも誰かの為に奮闘して頑張っている鳴宮さんは安易に他人のことを噂したりしないでしょ? だからその点は心配していませんよ」

意外と自分のことを見ていてくれていた──

そんな思いもよらない先生の言葉と共に、再び顔を上げ桜葉の目線に自分の視線を重ねてきた康太先生。
その表情は優しい笑みを浮かべているが真っすぐ見つめる芯のある瞳──

──瞬間、
桜葉の心臓が勢いよく跳ね上がるのがわかった、と、同時に突然、激しい鼓動が波打ち始めたのだ。
ドクンッドクンッと自分の耳にまでその音は聞こえ、その度に桜葉の顔が真っ赤に熱を帯びていってしまう。



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