ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
「──“えっと……よってですね、ここはこのような数式になるわけですっ”…いや、この言い方ではよくわからないか?
“この数式は”ってもう一度繰り返し説明を口に出した方が……」
なにやら独り言のようにブツブツと話したり、かと思えば突然大きな声量で何かを練習したりと──その奇妙で意味不明な言葉の羅列は焼却炉のもっと先、雑木林の方から風に流れ桜葉の耳元まで届いてきたのだ。
(怖っ、え、なに…この奥に誰かいるの? ……っていうか、この声…どこかで聞き覚えがあるような)
手に持っていたゴミ袋を焼却炉脇に置き、雑木林を注視しながら一旦その場に留まってみる──が、好奇心には勝てなかったのか、桜葉はまるでその声に導かれるかのように少しずつ足を進ませていった。
そして焼却炉から十メートル程進んだ所だろうか。
その声が耳までダイレクトに届くほど近くなってくると、桜葉の視界はある人物を捉えたのである。
「え…あ、赤川先生っ!?」
「──…う、わぁっっ!?……え、あ、あれ…な、鳴宮、さん!?」
そこには、教科書を片手に持ちながら直立不動で立つ桜葉の担任、赤川 康太が目を見開きながらこちらを見つめている。
突然声をかけられた驚きなのか恥ずかしさなのか、慌てふためく康太先生は勢い余って木の根っこに足を取られその場に尻もちをついてしまう始末。
「つ〜…いったぁっ」
「だ、大丈夫ですか?! 赤川先生っ」
康太先生の尻もちで咄嗟的に駆け寄って行く桜葉に対して先生は顔を真っ赤にしながら目を逸らしたまま。
「だい…大丈夫ですっ。す、すみません…生徒に、変なところを見せてしまって。──えっと、あ、あの、鳴宮さんは、どうしてここに…」
「あ…えっと、私はちょっと大量のゴミを捨てる用事があって……そしたら奥の方でなんか声がするなぁーとおも…」
「あぁーーーっっ!!…………いや、あのちょっと。は、恥ずかしながら、授業の進め方の練習をしていた、と言いますか」
桜葉の言葉を遮ってまで聞こえてきたのは、授業でも聞いたことのない激しく動揺する先生の声。
そんな先生は何とか落ち着きを取り戻そうと、汚れたスーツのズボンを掃いながらゆっくりと立ち上がってみるが、今だに桜葉とは視線すら合わせてくれない。
(──もしかして私……めちゃくちゃタイミングの悪い所に居合わせて、しまった?)