ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする





前もって購入しておいた、水樹が高校時代から大好きだった丹波屋の水羊羹。
紙袋に入れた水羊羹を手に持ちながら桜葉はいつにも増して緊張した面持ちで病院の廊下を歩いていた。

「あら、桜葉ちゃんっ。今日も水樹ちゃんのお見舞い?」

ナースステーションの横を通り過ぎようとした時、不意に声をかけられ桜葉が振り返るとそこには一人の若いナースが立っていたのである。

「あっ、高梨(たかなし)さん。……はいっ、あっ今日は水樹、検査とかの予定は入ってないですか?」

彼女はこの病棟で働くナース、高梨 真由(たかなし まゆ)
歳も二十三と桜葉の年齢から近いのと水樹の担当ということもあってお見舞いに通う中で親しくなった人物だ。

「今日?……う~んと…、そうね、今日は特にその予定はないみたいよ」

ナースカウンターにあるパソコンで水樹の予定を確認しながら高梨はそう告げる。

「そうですか、ありがとうございます」

(……良かった。じゃあ今日は水樹とゆっくり話しができるかな)

そう思いながら水樹の病室へ向かおうと、再び歩き出そうとしたその時、高梨が突然「あっ…」と声を上げ桜葉を引き止めたのである。

「そう言えば今、いつものあの先生もお見舞いに来ているわよ。…えっと、赤川さんだっけ?」

「先生が?」

(そっか、知らなかった……先生、今日も水樹のお見舞いに来てたんだ。
──あ、でも…ってことは私達二人のことを水樹に話すには康太先生もいた方がちょうどいいんじゃないかな)

偶然重なったこととはいえ二人一緒の方が水樹にも説明しやすい、緊張していた桜葉にとって先生が側にいることは心強くもあった。

高梨にもう一度お礼を告げた後、急いで水樹の部屋へと向かう桜葉。
先程の緊張が少しだけ和らぎ、久しぶりに康太先生と逢える喜びが桜葉の暗かった感情に一滴と混ざり、一気に心が軽くなっていくようだった。

水樹の病室の前で、少しだけ上がった呼吸を一旦整えた後、桜葉はノブに手をかけガチャリと回しドアを開けた──


「水樹っ、体調は……ど──」


そこから先の言葉が詰まってしまった。
病室に入った瞬間、桜葉の身体は硬い石にでもなったかのように固まってしまったのである。





< 147 / 178 >

この作品をシェア

pagetop