ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


ベッドで横になる桜葉の寝顔ばかり見入っていたが、その処置室にはもう一人、初老の小柄な男性が壁際に寄りかかりながら立っていたのである。

(……誰なんだ、この男性(ひと)は? ──っていうか…こいつ、どっかで見覚えのあるような)

「あ、失礼。
私、一ノ瀬 留吉(いちのせ とめきち)と言う者です」

挨拶もせず苦々しい顔つきでつい相手のことを凝視してしまっていたからか、直ぐ様その男性は自らの身分を打ち明けてきたのだ。

「すみません、不躾に見てしまっていたようで……挨拶が遅れました、私…」

「院瀬見 岳くん、だよね、ハスミ不動産で営業部長をしている──」

「……なぜ、俺のことを? 母から何かお聞きになりましたか、いやそれよりもあなたと母は一体…」

次から次へと一ノ瀬 留吉に対する疑問が溢れ出てくる岳。
しかしそんな思いとは裏腹に、留吉はベッドで眠る桜葉の方へとゆっくり近づいていく。
そして眠る彼女をまるで自分の愛しい娘でも見るかのように、優しげな眼差しで静かに微笑み始めたのだ。

「私は、さよちゃんの隣に住む老人でね。さよちゃんには何かと世話になってる者なんです」

「桜葉さんの隣人……って言うと、あのブサ猫の飼い主っ?」

「とらぞうのことを知っているということは、やはり君がさよちゃんの…」

(……?俺が桜葉さんの…なんなんだ)

「いや、何でもない。それよりもう一つの肩書なんだが──」

そう言って留吉はジャケットの内ポケットに忍ばせてあった一枚の名刺を取り出し、そのまま岳へと手渡す。
怪訝そうな表情を浮かべそれを受け取った岳は瞬間、自分の目を疑ってしまった。



< 158 / 178 >

この作品をシェア

pagetop