ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする



「い、一ノ瀬商事株式会社…会長、一ノ瀬 留吉って…あの、国内一の大企業商社っ?! え…あ、なたが、会長?」


岳が驚くのも無理もない。
一ノ瀬商事株式会社と言えば海外への輸出入貿易に留まらず、国内においても様々な物資の販売等を手広く担っている国内一の総合商社なのである。
そして名刺から察するに彼はその大企業のトップに君臨する一ノ瀬一族の長にして現会長──

(……道理で、どこかで見た顔だと思っていたが…確か以前に一度、企業パーティーで蓮見京一郎に紹介されたことが…)

その時、岳の思考が一旦違う方向へと向かっていく。

(いや、待てよ……そもそも一ノ瀬商事とハスミ不動産は…)


縁故関係──

あれこれと記憶を辿らせて行き着いた先がその言葉。
そう── 蓮見京一郎と結婚した亡き妻は元々、一ノ瀬商事の社長令嬢だったと聞いたことがある。
婚姻関係を結ぶことでハスミ不動産は一ノ瀬グループの傘下に入り、多額の資金援助や様々な共同プロジェクトなどで更なる発展を遂げてきたのだ。

(──と言うことは、目の前にいる一ノ瀬会長はもしかして…)

真っ直ぐ見つめてくる岳の視線に気付いた留吉は、何かを察するかのようにゆっくりと口を開き始めたのだ。

「……詩乃さん、あなたの息子さんはとても利口ですね。無駄な説明をしなくとも気づいてくれたようだ」

「── 一ノ瀬さん。あなたは蓮見京一郎の義父…つまりは京一郎と結婚した奥様の父親…ですよね」

そう尋ねられた留吉は暫し無言を貫いた後、その視線を眠っている桜葉の方へと落としていく。
そしてずっと燻っていたある秘めた想いを少しずつ吐き出そうとしていた。

「……似ているんだ。ふとした瞬間に彼女と私の娘が重なって見える時がある」

「一ノ瀬さん。今まで黙ってきましたが、私はもう全て…息子に打ち明けたいと思っています。岳に間違った選択をしてほしくはないんです」

途中、岳達の間に入り懇願するような眼差しでそう伝えてきた母親の言葉は、岳の頭の中を更なる混乱でいっぱいにさせる。



< 159 / 178 >

この作品をシェア

pagetop