ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする


久藤は何の意志も持たない彼女に対し小さな溜め息を一つ吐き出す。

(きっと…父親に言われたレールにずっと乗ってきたんだろうな。自分の意志も持たず反抗せず──そこは俺と同類だな。嫌なことにも従い文句も言えない立場……不平不満ばかりが溜まっていくはずだ)

人生の立場は違えど今の状況から見て香也子も自分と同じ人種に見えてしまう。
そんな何も守るものもない人物を見下しながら、久藤は自分を何とか保とうとしていた。


けれど、久藤の初見とは違い香也子は決して同じ人種などではなかったのだ──

それがわかったのは、京一郎と香也子が結婚して間もなくのこと。

久藤はその日も蓮見邸にある京一郎の書斎で彼から激しい叱責を受けていた。
久藤の顔面向かって数十枚の書類が投げつけられる。
殆どが空中に舞っては下にパラパラと落ちていくが、運悪く投げつけられた一枚が鋭いナイフの様に久藤の頬をかすめ少量の血が流れ出てしまう。

「何度言えばわかるっ!
お前は俺の言う通りに動けばいいんだっ。誰もお前如きの意見なんか聞いてないっ!」

京一郎の怒号が邸宅中に響き渡る。
ほぼ毎日の光景に邸宅にいる数名のお手伝いさん達は特段驚きもしない。
久藤も()()()()()()()()()散らばった書類を拾い始めようとする──が、この日は違った。
久藤の我慢も限界に達し何かがプツンと切れてしまったのだ。

(……俺如きの、意見?
じゃあ……一体誰がお前の荒んだ生活の後始末をしてやってると思ってるんだっ)

自然と握った書類に力が入り瞬く間にその紙は原型を失っていく。
今にも京一郎目掛け飛び掛りそうな久藤は視線の照準を彼に合わせる。
フワリと腰を浮かしスタートダッシュをきめる直前──


「京一郎さん。そろそろ出かけるお時間では?」




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