ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする

1.お互いの存在




「キィヤァァアァアァッ───!」


桜葉(さよ)の朝はいつも、このけたたましい叫びと共に始まる。

目覚まし時計をセットした時間よりも早くに響き渡るその叫びは、隣に住むおじいちゃんが毎朝健康の為に太極拳を嗜もうとしている声。

壁の薄いこのアパートでは少し大きな声や音を出しただけでも近隣に聞こえてしまう。

けれど、そんな木造ボロアパートに一年も住んでいれば自分の意図しない朝を迎えることなんてざらにある。
ましてやこんな奇声でも、毎朝続いてしまえばうるさいを通り越して慣れてしまうというもの。
むしろおじいちゃんの叫びが目覚まし代わりになって丁度良い。

手探りで、まだ鳴っていない目覚まし時計のアラームを解除し、ゆっくりと布団から体を起き上がらせる桜葉。
大きなあくびを一つし、うっすら涙が滲む目元を開けてみると、容赦ない眩しい朝日が突き刺さってくる。

部屋に直接、朝日が降り注いでしまうのは遮光度の低いカーテンを使用しているからだ。
カーテンは上京する時に実家から一緒に持ってきたもの。
一人暮らしを始めるにあたってなるべく初期費用を抑えようと、今この部屋にある物殆どは以前から実家で使っていたものなのだ。

それに、遮光度の低いカーテンは悪いことばかりではない。
寝起きに太陽の光を直接浴びることは良いことでもあった。
自動的に自身の活動スイッチがオンに切り替わり眠気も早く覚めるらしい、と何かのテレビで見たことがある。
だからなのか、学生の頃からずっと桜葉は同じカーテンを使い続けているのだ。

── というのは建前で、まぁ、それはただの貧乏性なだけかもしれないが。

桜葉は朝日を手で遮りながらも、その光が差し込む窓の方へとあえて目を向ける。

「はぁー、今日も良いお天気っ」

都会での生活も少しずつ慣れてはきているが、やはりどこか田舎の情景と比べてしまうと寂しくなることもしばしば。

「よしっ!」

その掛け声に力を込めた桜葉が一気に布団を畳み込むと、あっという間にその布団一式を押し入れへと仕舞い込む。
そして、少し茶色がかった長い髪を二つに分け、素早い手つきで緩い三つ編みへと変化させていった。
次にジーパン、Tシャツというラフな服を身に纏っていく。



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