ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする

特別編①【近寄る距離ー目星ー】



桜葉へのストーカー案件が無事に解決した、その日の夜。


自宅近隣の駐車場に社用車を止めエンジンを切った途端、岳はハンドルにもたれ掛かり大きな溜め息を吐いた。
それは制御できずにいた自分の情けない行動と後悔、桜葉が無事であったという安堵感──様々な想いが混ざり合った重い溜め息。

「ハァ…………抑え切れなかったとはいえ、どさくさに紛れて鳴宮さんを抱き締めてしまうなんて」

雰囲気に流され手を握り、あまつさえ桜葉自身を抱き寄せてしまった。
今思い返しても自分の脳がショートしてしまいそうだ。

しかし、こんな反省に反省を重ねた状態の岳ではあるが、今までの彼もその場の雰囲気に流されそれ以上のことを他の女性にしてきたはず。
ただ、これまでの女性達は別れても別に後悔なんてしなければ相手に恋愛感情を持つことさえなかった。


──けれども桜葉は違う。

今までと同じ行動を無意識に取ってしまっていたら、彼女に嫌われやしないかと臆病過ぎるほどに構えてしまっているのだ。

岳は先程まで自分の手中にいた桜葉の温もり、表情を思い浮かべるとハァと熱っぽい溜め息を漏らす。
しかし今度は幸福と高揚感が入り混じった軽い溜め息。

「……彼女の身体…小さかったな。それにとても……柔らかかった」

もう叶わないかもしれないけれどもう一度だけ、この手で彼女のことを抱きしめてみたい──


けれどそれは到底無理な話し。


岳が複雑な思いにふけっていたちょうどその時だった。
スマホの着信音が車内に鳴り響く。

『よぉっ! 今は彼女とお楽しみ中か~?』

電話から聞こえてきた陽気でデリカシーのない声は、冠衣 禅寺のものだった。

「そんなわけないじゃないですか。セクハラの電話なら切りますよ」

只でさえ岳はそのお楽しみやらというものを桜葉としたい所なのに出来ないこのもどかしさ、それを冠衣は面白おかしくえぐってくる。

『悪い悪いっ、冗談だって! それよりさ、あのストーカー君。お前の言う通り警察じゃなくてもっとキツイ()()()に連れて行ったけど、あれで良かったのか?』

「ええ。警察なんかに行って鳴宮さんが色々と聞かれるのは酷ですし、あそこに放り込んでおけばしばらく帰ってこないじゃないですか。
──いや、むしろ俺はもっと辛い苦しみを味わせたかったですけどね」



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