ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
慌てたその様子に桜葉達三人は、料理長の息が整うまで暫しの間、その場でジッと待機する。
そしてある程度、落ち着きを取り戻したところで千沙の口が開いたのだ。
「お疲れ様です、料理長。大丈夫ですか? 私に何か用でも?」
「ハァー…そうなのよ、こういうことは早めに言っておいた方がいいと思って」
「え……もしかして私、クビですか!?」
「違う違う、その逆よー。
水口さん、あなた今度の新メニューのコンペ、出てみない?」
思いがけない申し出に千沙は目を真ん丸くして固まっている。
──が、そんな彼女を余所目に、料理長はどんどんと話しを進めてきたのだ。
「コンペだからもう一人の子と争うことになっちゃうんだけど、もしこのコンペに通ったら水口さん正社員になれるわよぉー」
料理長が話す、正社員を賭けたその “新メニューコンペ”──
それは年に一度、社員食堂に出す新メニューを料理長ら上の人達が選出した従業員達に考えさせ調理して競わせるイベント。
その年によって参加する人数は違うものの、新メニューに決定すればそれを考えた者に正社員の道が開かれてくるのだ。
千沙はバイトとしてここに勤め始めもう六年……十分な経験はある。
「千沙さんすごいじゃないですかー!! こうなったら新メニュー勝ち取りましょう!」
「う、うん! 頑張ります」
「あ、それと鳴宮さんは彼女のサブについてくれるかしら」
サブと言うのは、千沙の右腕として様々なサポートをすること──例えばメニュー考案の手助けや当日の料理作業の手伝いなどなど。
「はいっ! わかりました」
入社して初めて経験する新メニューコンペ。
桜葉は、このワクワクする気持ちを一早く他の誰かに伝えたい──そう思った時……ふと、頭の中に岳の顔が浮かんできたのである。