ワケあり王子は社員食堂の女神に恋をする
*
「あれ……鳴宮さん?」
「……院瀬見、さん?」
仕事も終わり会社を出ようとしていた頃、外の景色はいつの間にか雨模様へと変わっていた。
今日は朝からずっと曇っていたし、天気予報でも午後から雨が降るようなことを言っていた──用意周到な桜葉は鞄に忍ばせてあった折り畳み傘を取り出し開こうとした──
ちょうどそんな時だった。
桜葉とは反対に会社へ入るため傘についた雫を玄関先で落としていた岳と偶然にもすれ違ったのだ。
「えー…と、岳。俺、先に戻って資料作成しておくわ」
「あ、ああ。悪い、神谷」
営業部署の人だろうか、岳と同じ歳ぐらいに見えるその男性は桜葉達に気を利かせ、タイミング良く降りてきたエレベーターにそのまま乗り込み行ってしまった。
(……神谷さんって確か……院瀬見さんと二分する程の人気があるって千沙さんが言っていたような)
「ん? 鳴宮さん、どうかした?」
「え…あ、ごめんなさいっ、まだお仕事中なのに急に呼び止めてしまって」
傘を畳み終えた岳は、桜葉のその言葉に不思議そうな顔をチラつかせクスッと優しく口角を上げていく。
「何言ってるの、最初に呼び止めたのは俺の方だよ。……それより鳴宮さんは今上がり?」
「あ、はい。院瀬見さんは営業の外回り、とかですか?」
そう尋ねながら開いた折り畳み傘を一旦閉じ岳の方へ再度目を向けると、いつもは綺麗にセットされている岳の髪が雨で濡れ少し崩れかけている。
更に髪の毛先からは一筋の大きな水滴が今にも岳の肩へと流れ落ちようとしていることに桜葉は気付く。
(あ……スーツが濡れちゃっ──)
「そうなんだ、俺はまだ仕事が残って…」
水滴が落ちる一瞬の隙。
桜葉は俊敏な動きで鞄からハンカチを取り出すと慌てて岳の元へと駆け寄り、そっと彼の髪にハンカチをあてたのである。
言葉よりも先に身体が動いてしまった桜葉だったが、ふと気付くと視線のすぐ先には岳の整った顔がある。
背の高い岳を見上げるような状態で、そして背の低い桜葉を見下ろす状態で──
二人はまるで、今にでもキスができそうな近距離にいる。