白い菫が紫色に染まる時
体が動かなかった。全ての時間が止まってしまったかのように。
私の頭の中に先ほどから鳴り響いていた危険だと知らせるサイレンも止まってしまった。


「俺は、菫が好きだよ。だから、ここにいてほしい」


予感が当たってしまった。
胸の中で何かが膨らんだような感覚になり、それが口から出てきそうになる。
それを抑えるのに必死で段々と息が苦しくなるような錯覚を覚えた。

「それは、ずるいよ。白澄らしくない」

息苦しい中、振り絞って出した言葉だった。
自分のことは二の次の白澄らしくない。自分の感情を使って引き留めようとするなんて。
私はどうすればいいかわからなかった。
白澄の好意にどう答えるべきなのか、東京に行くかここに残るかを今決めなければならないのか。
なんだかもう、頭の中がこんがらがっていた。

「ごめん。今のは、ずるかったかもしれない。でも、俺はここに残ってほしい。好きだから。それだけ覚えといて」

彼はそう言って、家に入ってしまった。
夜道に一人取り残された私が着ていた浴衣に描かれた白い菫が寂しそうに、しおれて咲いているように見えた。

あの祭りの日以降、チーズ工場には行かずに夏休み最終日を迎えてしまった。
気まずい気持ちがあり、顔を合わせられなかったのだ。会っても何を話せばいいかわからない。
陽翔とは図書館で何度か会い、白澄のところへ一緒に行かないかと誘われたが断っていた。
なぜ行かないのか聞いてこないあたり、あの日のことを白澄から大方聞いているのか、それともなんとなく察して触れないようにしてくれているのかもしれない。

どうしよう・・・・。

私の頭の中は常にあの日に悩まされていた。
勉強しているときは忘れられるが、休憩中などはそのことで頭がいっぱいになる。
何かに集中していないとダメみたいだ。

白澄に好意を打ち明けられて、嬉しくなかったわけではい。
たとえ、それが私をここに引き留めるために彼の口から引き出された言葉だったとしても。
でも、その一時の感情に流されて将来のことを決めてもいいのだろうか。

私は一人、図書館からの帰り道を歩いていた。
あの日のことを考えながら、歩いているうちにすぐに家に着いてしまった。
もう、夕飯の時間なのでお腹が空いている。
たいして、動いているわけではないのに、勉強するという行為はやたらとエネルギーを使う。
私はもういろんな意味で疲弊していた。
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