白い菫が紫色に染まる時
それでも、今日は自分でご飯を作らなければならない。
なぜなら、今日は母親が風邪気味で体調が良くないのだ。
こういう時に、改めて母親がいかに無償で尽くしてくれているかを思い知らされる。

「ただいま」

そう言ったが母親から返事はない。部屋で眠っているのかもしれない。
それなら、わざわざ起こす必要はないだろう。

私は冷凍庫にある冷凍食品のパスタを取り出した。
それを電子レンジに入れて、三分温める。簡単だ。
不器用な私でもすぐにおいしくできる。
冷凍食品は文明の大発明だと思う。
これを生み出した人はノーベル賞くらい貰ってもいいのではないかと冷凍食品の恩恵を受けながら私は毎度思っている。

パスタを食べていると玄関のドアが開く音が聞こえた。父親が帰ってきたみたいだ。
父親はでかい足音を立てながらこちらへ来ている。

「母さんは?」
「体調崩してるから、今は部屋で寝てる」

父親はそうかと言いながら、鞄を置き食卓に座る。

「何?」
「俺の飯は?」

今の私の顔は明らかに不機嫌さを隠しきれていないだろう。
疲れているところにこれだ。いつものように、我慢をする余裕がなかった。

「いや、冷凍庫にたくさん冷凍食品あるから。レンジでチンするだけだし、何か好きなもの選んで、自分で作りなよ」

何を黙って座りこんだのかと思ったら・・・・。
私がご飯を作るのを待っていたのか。

「俺が料理なんかするわけないだろ。女のお前がやりなさい」

わかってた、こう返されることはわかっていた。
そして、私は我慢しなければならないことも理解していたはずなのだ。
諦めていたはずだった。
それなのに・・・・。

「女が料理するなんてどこの誰が決めたの?自分のものくらい自分でやりなよ。何でそんな意地でも料理したくないの?意味わからない」

いつも間にいる母親がいなかったのと、疲労も相まって我慢ができなかった。
いつも、心の中で抱えていた不満を言葉として吐き出してしまったその瞬間、私はやってしまったと思った。

「何を言ってるんだ。父親に逆らうんじゃない。誰のおかげでここまで生きてこられたと思ってるんだ!!!」

父親が感情的に怒っている。今にも暴力を振るってきそうな勢いだ。
あの日の茶碗がフラッシュバックする。

「女のくせに、小賢しくなりやがって・・」

この男の前では、絶対泣かないと決めていたのに、涙がこぼれた。
それはもう反射的なものだった。
私は、立ち上がり、冷凍庫にあるグラタンを取り出しレンジでチンして父親の前に出した。

もう、傷つけられたくなかった。

これ以上、何を言われるのか怖かった。
だから、従うしかなかった。自分を傷つけないためには、力のない私にはそうするしかなかった。
悔しい。理不尽だ。
私はすぐさま部屋に逃げる。


「東京に行きたい。暖かい場所に」


私の決心は固かった。
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