白い菫が紫色に染まる時
そして、彼は「勝手に抱きしめたりしてごめん」と言って扉を閉めた。
彼はすっきりしたような顔をしていたが、この出来事は私の中に一つの大きな疑念を作ってしまった。
そして昨日から消えずにずっと残っている。

「菫ちゃん?」

楓さんの家の前で立ち尽くしていると、仕事帰りであろう桜さんに呼びかけられた。

「桜さん・・・・・」          
「菫ちゃん・・・・・。とりあえず、私の家来る?今日も仕事でたくさん美味しいもの頂いちゃって。一緒に食べようか」

私は今よっぽどひどい顔をしているのだろう。
きっと何かあったことを悟り、心配して、私の話を聞こうとしてくれているのだ。
いつもの私なら、何でもないと答えて一人悶々としていただろう。
でも、今回は、桜さんの言葉に甘えて、家に入った。

桜さんは机に美味しそうなケーキと紅茶を出してくれたが、食べる気になれなかった。

「どうしたの。今にも泣きそうな顔してるわよ」

自分の心の中にある思いを、伝えても理解してもらえないのではないかと思った。
自分の思いを人に理解されないことほど、辛いことはない。
でも、桜さんなら受け止めてくれるかもしれないと期待し、相談することにした。

「あの・・・・、私ある人に突然思いっきり抱きしめられて、好きだって言われたんです。その人、すごく良い人で信頼している人だし、人間としてすごく好きな人なんです。でも、告白されたその時、何も感じなくて。良いも悪いも。何も、何も感じなくて・・・」

「それで、考えてみれば、私、今まで誰のことも好きになったことないんです。周りの友人はどんどん色んな人を好きになって付き合っているのに、私は誰のことも好きじゃない。それで・・・・・、気づいたんです。私、恋愛的な意味の好きという感情を持てないんじゃないかって。そんな疑念が自分の中に生まれてから、怖くて」

「怖い?」

「はい・・・・。これからどんどん一人になるんじゃないかって。誰かを好きになれないのに、一人で生きていくのは寂しいなんていう感情を持つのって矛盾してますよね。誰かを好きになれないって寂しい・・・・、ですよね」

涙が昨日みたいに溢れてきそうだったが、我慢した。
泣いてばかりではダメだと思ったのだ。必死に顔を上げて涙が流れないようにする。

「変なんかじゃないよ」

そう言った桜さんの声には力強さとそして少し悲しさが含まれていた。

「え?」
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