白い菫が紫色に染まる時
「私もさ、菫ちゃんみたいに悩んだ時期あったのよ。ちょうど就職して二年くらい経った頃かな・・・」

桜さんは過去を思い出しながらおもむろに話し始める。

「周りの友達がどんどん結婚していって、桜はまだなの?良い人紹介しようか?とか言われて。そろそろ結婚しないとやばいっていう風潮が私の周りに漂っていた時があったんだよね。でも、私は全然結婚してないことにも、付き合っている人がいないことにも焦りを感じてなくて・・・・・」

そう言って桜さんは紅茶を飲んで一息ついてから、再び口を開いた。

「むしろ、今結婚したら私の人生終わるな~くらいに考えてた。仕事がノリに乗ってきて楽しくなっている時に結婚するなんて自分の人生を棒に振るようなものだよなって。その時から周りの人の考え方とギャップがあるって気づき始めて。彼氏とか旦那とか作って好きという感情に縛られて、自分の時間を犠牲にするなら、一人で自分のために生きた方がマシだわって思うようになった」

「多分ね、私たちみたいに誰かを恋愛感情で好きになれない人間って少しだけ周りの人より冷めてるだけなのよ。それで、なおかつ、自分が一番大事なの・・・・・。それだけよ。全然悪いことじゃないわ」

自分が一番大事・・・。
そうなのかもしれない。思い当たる節がある。
それでも、桜さんと違って私は一人にはなりたくないという感情を持ってしまうのだ。

「でも、私は自分が大事で他人に好きという感情を持って、誰かに尽くせないのに、これから先一人で生きていくのは嫌なんです」

寂しい。寒くて凍えるような寂しさを感じながら、生きていくなんてことを想像したくはない。

「別に、恋愛的な好きって感情がないと誰かと生きていく資格がないなんてことないんじゃない?私はこのアパートにずっと住み続ける予定だけど、これからもここに来るだろう若い子たちと繋がりは持ち続けられるし、桃李さんなんて奥さんは先に逝ってしまったけれど、菫ちゃんたちがいて幸せそうじゃない」

「人間として好感が持てる人、それが異性でも同性でもどっちでもいいけどさ、そういう人と一緒に生活してもいいし結婚してもいいと思うしね、私は。恋愛感情による結婚だけじゃないのよ。孤独にならない方法って」

桜さんの言葉が、暗い部屋に閉じ困って卑屈になっている私の心に扉をこじ開けて入ってきた。
その言葉を聞いて、私は、なんて狭い世界で考えこんでいたのだろうと思った。
今までガチガチに固まっていたものが溶けてなくなっていくような感覚だった。

誰かと生活を共にするには誰かと恋に落ちなければいけないのだとばかり思っていたが、私は固定概念にとらわれすぎていたのかもしれない。
まだ、自分の感情を完全に整理できたわけではないけれど。
それでも、なんだか少しだけ光が見えたような気がする。

「ありがとうございます・・・・」

私はその時、今日初めて涙を流した。
ずっと我慢していた涙が、安心したのか全く止まらなかった。
そんな私を桜さんは優しく抱きしめてくれた。
桜さんの腕の中は暖かい心地がした。
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