白い菫が紫色に染まる時
私はそう指摘されて、手に持っていたビールを机に置いた。
やはり、彼には何でもお見通しだった。
後ろめたさから、目が合わせられなくなる。

「何か菫を悩ませているものがあるなら言ってほしい。だって、僕たち一緒に生きてるんだよ。今もこれからも。僕は菫と生きていくために、ちゃんとわかりたい」

きっと、今も彼は私に真っ直ぐな目を向けているのだろう。見えなくてもわかる。

「でも、今ね、自分でも何が何だかわからなくて・・・。そんな状態で、蓮くんに話しても迷惑がかかるだけだから」

「自分勝手に生きていいって言っただろ。迷惑がかかるとか考えなくていい。どんな状態でも、僕は聞きたい」

自分勝手に生きていいという言葉を、久しぶりに聞いた。
私はその言葉に反応して彼の方に視線を向けた。
彼のまっすぐな瞳と目が合う。


彼の目を見ていると、話そう、話してみようと思えた。


それほどに彼のその言葉は私にとって、大きく自分の支えにしている言葉だった。
それでも、話そうと決めてから言葉を放つのにだいぶ時間がかかってしまった。
彼は待ってくれている。

「私の父親が・・・・」

言葉が詰まる。

「私の父親が死んだって・・・」

「連絡がさっきあって・・・・・」

息が苦しい。

「それで、母親だけじゃ葬儀の準備が大変だから・・・・」

「帰らなきゃいけなくなるかも」

「あの場所に・・・・・」

「でも、帰りたくない。父親がいないってわかってるけど、それでも嫌だ」

最後は一息で自分の気持ちを言い切った。

「僕は・・・。あくまで僕の意見だけど。これは過去にけりをつける良い機会なんじゃないかな」

「え?」

意外だった。
私は無意識に彼が同意してくれることを求めていたのだ。
彼が同意してくれるから、私はいつも自分の決断に自信を持つことができた。

「僕は帰るべきだと思う。そうしないと、菫はこれからも永遠にあの場所にとらわれ続けることになる。雪を見る度に・・・。あの場所に関係するものに触れるたびに・・・」

確かに、私は暖かい場所に来て、あの場所から離れて、もう解放されたような気になっていた。
けれど、あの場所から出てきてもう九年経った今でも、あの場所を思い出しては胸が苦しくなってしまう。
私は解放されたつもりでいただけで、実はずっとあの場所から一つも動けていなかったのかもしれない。

「僕も、もう菫があの場所を思い出して辛い思いしているところを見たくない」
< 98 / 108 >

この作品をシェア

pagetop