血を飲んだら、即花嫁だなんて聞いてませんが?


「八雲くんっ!?」


 血色の良かった顔は、今は見る影もなく真っ青だ。
 八雲くんは、なにかを(こら)えるように眉を寄せている。

 大量の汗がふきだし、顎をつたってぽつりとシーツに落ちた。
 まさか、これは……。


「逃げてっ……、かざ、はちゃん」


 これは──、長く吸血行為をしていない吸血鬼にみられる禁断症状だ。


「血を飲んでいないんですかっ?」

「…………っ」


 獣のように荒い息をはく八雲くん。
 私の問いかけに答えない、いや、答えられないくらい、いま八雲くんは苦しいんだ。


 なにかないかと保健室を見渡し、薬が置かれている棚が目に入った。
 パートナーへ血を飲ませた後の人間の生徒用に、鉄分を補給するためのタブレットが保健室には常備されている。

 でもそれは、保健の先生がいなければ使ってはいけない。
 第一、禁断症状はタブレットぐらいじゃおさまらない。


 禁断症状が出た吸血鬼は、少量でも血を飲めばおさまる。
 いまここにある血は……『私だけ』。
 
 死にそうになっている人を見過ごしたら、きっとこの先一生後悔する。
 大丈夫、少量だけ飲ませてすぐにこの場を去れば『襲われない』はず……。
 そう自分に言い聞かせた。


「……飲んでください」


 私は、人差し指を八雲くんの口元に突き出す。
 八雲くんは目を見開き、視線を人差し指と私の顔を往復しふるふると頭を振る。


「僕は、だいじょ……ぶだからっ」


 強がるその様子に、私はカチンときた。
 禁断症状が出た吸血鬼は、はやく血を飲まないと命をおとす。

 ……私の血は飲まないと、宣言した八雲くん。

 理由はどうであれこんな状況なのに血を拒むなんて、自分の命がどうなってもいいと言っているようなもの。


「選り好みしている場合ですか!!」


 私は覚悟を決めたのだから、今度はそっちの番だ。
 私が怒鳴るように大きな声を出せば、八雲くんは唸るように低い声をだした。


「……僕、逃げろって言ったよね?」


 喉が渇いて、渇いて、仕方がないはずなのに。全身が血を求めて、辛いはずなのに。

 底冷えするような冷たい視線。

 症状はおさまったんじゃないかと思うほど、穏やかな呼吸音。
 でも、私に伸びてくる手は微かに震えていた。

 とん、と軽く肩を押されて私はベッドへと逆戻り。


「あっ……」

「──残念、時間切れだよ」


 どろりと、血のように赤い瞳に射止められて体が思うように動かない。
 首筋に熱い息がかかった──と思った時には、もう遅かった。
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