モノクロの僕と、色づく夏休み

第7話「少年の目的」

 オレも大分疲れてきてはいたが、前方を歩く少年のペースも、かなり落ちてきていた。

 だから、言わんこっちゃない。

 お前みたいなチビが、登りきれる山じゃないっていうの!

 オレの心には、そら見たことかという心境と、少年に対する呆れが入り混じっていた。

 そしてとうとう少年は、その場にへたり込んでしまった。

 オレは少年の元にゆっくり歩みよると、意地悪く尋ねた。

「どうしたよ? こんなところでへばって? いい加減、やめた方がいいんじゃない?」

 すると少年は、キッとオレを睨みつけた。
 射抜くような鋭い視線だった。

 ちょっとたじろいてしまったけど、ここでビビったら年上の威厳が!


 少年はゆっくり呟いた。

「……お前、ムカつくな」

 なっ!

「こんなの想定内だよ。人の心配する前に、自分の心配したら?」

 まだ、強がるか!
 本当に可愛くないガキ!

 オレは、煮え繰りえかえりそうになる感情を押さえて、努めて冷静な声で続けた。

「どうしてお前みたいなチビが、こんな山登ろうとしてるわけ? ……それにこんな時間じゃなくたって……まだ小さいお前には、分からないかもしれないけど、夜中の山っていうのは、想像以上に危ないところなんだぞ?」

 すぐに「関係ないだろ!」という答えが返ってくると予想していたが、少年は押し黙っていた。

 しばらくオレたちの間には沈黙が流れ、代わりに周りの虫の声や木々のざわめきが、耳にうるさかった。

「……どうしても、一人で行かなくちゃいけないところがあるんだ」

 少年の発した言葉は、今までとは違って素直で澄んでいた。

「……一人で、行かなくちゃいけないところ?」
 
 こんな小さな子が、こんな山の中、こんな時間に、一人で行かなくちゃいけないところって、どこだよ?

 オレには思い浮かばなかった。

「だから、着いてくるなよ」

 少年は腰を上げると、リュックを背負い直した。
 オレは我に返って、再び問いただした。

「一人で行かなくちゃいけないところって、なんだよ? お前みたいな子供が……」
 
「大人だとか子供だとか、関係ないよ。絶対たどり着くって決めたんだ」

 そう言った少年の目には、覚悟の炎が灯っていた。吸い込まれるようだと思った。

「……たどり着くってどこに? せめてもっと、陽が高いうちじゃダメなのか?」

「うん」

 少年はオレの言うことなど、微塵も聞く気はないようだ。
 もう無理やりにでも引っ張って、山を降りた方がいいかもしれない。

 オレは少し脅しを込めて、口を開いた。

「力ずくでも、下山させるって言ったら?」

 だが少年は全く動じず、逆に冷ややかに答えた。

「やれるもんなら、やってみろよ」

 腹の底に、ずしんと響く声だった。
 脅されたのはオレの方だった。

 オレはその言葉に、金縛りを受けたように動けなくなった。

 去って行こうとする少年に、「待てよ……! 危ないって……」そう、何とか続けるのが精一杯だった。

「さっき言ったろ。もしここで死ぬようなら……自分がそれだけの、人間だってことだよ」


 ……死ぬ?

 どういうことだよ?

 結局あいつは、何なんだろうか? 何がしたいんだろうか?

 計り知れなくて、きっとちゃんと説明されても、オレには分からないかもしれない。
 
 ただ少年が、その目的に真っ直ぐに向かっていることだけは、理解出来た気がした。

 気が付いた時には、少年の姿は見えなくなっていた。


つづく
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