モノクロの僕と、色づく夏休み

第9話「下山」

(……っ!)

 オレは震える膝に何とか力を込めて、再び少年に駆け寄った。

 もし本当に死んでいたらと思うと、怖かった。

 でもオレは、渾身の勇気を振り絞って、少年の体を揺り動かした。

「……う……」

 薄っすらだが反応はあった。オレは心底ホッとした。安堵で涙が滲んで来た。

 でも触れた体は、思いのほか冷たかった。

「大丈夫か? おい!」
「……う……」

 オレは返事を待たずに、デカリュックごと少年を背負って歩き出した。

 背負ってみると、見た目よりずっと軽い気がした。

 少年が余計小さく感じた。

 始め少年は「下ろせ」「放せ」と弱々しくも抵抗していたが、次第に大人しくなっていった。

 何としても、無事下山しなくちゃ!

***
 
 夜の(とばり)が下りて、山は完全な闇に包まれていた。

 足場の悪い山道をサンダルで歩き回り、体が疲労で悲鳴をあげていた。

 もう二度と、(ふもと)に帰れないかもしれないという不安と合わさって、心が押しつぶされそうだった。

 暗闇の中にずっといると、人はおかしくなるって聞いたことがあるけど、それを今まさに体現していると感じた。

 ただオレが諦めずにまだ足を進められたのは、重荷ともいえる少年の存在だった。

 彼の微かな温もりが、オレの足を踏み出させる。

 不思議だ。まるであの少年の強い意志と、自分の心が繋がった気がした。

 心の闇に、小さく光が灯るようだった。

 今のオレを、昨日までのオレが見たらどう思うだろうか?

 こんなに何かに必死になる自分が、自分の中にいたなんて……

 ――知らなかった。

***

 今、何時くらいだろう……?

 ふと時計を見そうになったが、時間が分ると現実感が襲って来て、張っていた気がくじけそうだったので、見るのを止めた。

 ずり落ちそうになった少年を、再び背負い直した時、ある異変に気がついた。

 ……水の音がする。

 オレは早足で、水の音がする方へ向かった。

***

 渓流だ。

 ここは山の中に入る時、通った場所じゃないか?

 あながち、オレの方向感覚も捨てたもんじゃない。

 ……大丈夫、きっと無事に麓に辿り着ける……

 オレは自分にそう言い聞かせた。

 そうすると不思議と視界が明るくなった。
 だがそれは、オレの精神的なものじゃなくて、木々の枝に遮られず、直接月光がオレたちを照らしていたからだった。


 ……月……

 今日は満月だったんだ。

 渓流で水を汲むために、少年とリュックを下ろした。

 子供一人分の重量が減り、体がすごく軽く感じた。

 自分の体って、こんなに軽かったのかと、思わず跳ね回ってしまった。

 しばらく硬くなった体を動かしていたが、喉が渇いていたのを思い出し、渓流の水を漉くって飲んだ。

 今まで飲んだどんな水よりも、おいしいと思った。

 夏場だっていうのに、渓流の水は凍るほど冷たくて気持ちがいい。

 このまま裸になって、飛び込んでしまいたいくらいだったが、これ以上体力を消耗したくなかったので、やめておいた。

 よくゲームで、命の水を飲んでHPが回復する……何てくだりがあるけど、まさにそんな感じだと想像して、噴出してしまった。

 笑って余裕が出来たせいか、お腹が鳴った。

 そういえば昼食に弁当を食べて以来、何も食べていない。

 自分のリュックを漁ったが、空の弁当があるだけだった。

 こんなことなら、何かお菓子でも持って来ればよかったと後悔したが、そんなオレの目に、少年のデカリュックが映った。

 ……緊急事態だし……いいよな?

 オレは少年の横をそっと通り過ぎて、デカリュックの蓋を、勝手に開けさせてもらった。


「……っ!」

 オレはその中身に、唖然とした。


つづく
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