竜星トライアングル ポンコツ警部のドタバタ日記

第2章 暗躍

 首の沢事件も風化しつつある今日この頃、あちらこちらで不気味な事件が起き続け県警は翻弄されっぱなしである。 ただでさえ暴行とか傷害とかいうチンピラティックな小さな事件に追い回されている警察である。
その中で寺本事件が起き、田宮や阿部、そして緒方が殺されていった。 しかし謎が謎を呼ぶ殺人が続くのにはみんな揃って辟易している。
 「本当に寺本直子は生きてるんだろうか?」 「今さら何だよ? 殺されていたのが別人だって分かったんだ。 だとすれば生きてるとしか思えないじゃないか。」
「そうは言うけど生きてたってやつに利益が有るとは思えない。」 「何でだよ?」
「いいか。 水谷も川嶋も消されたんだ。 やつを囲ってた男たちが死んだんだよ。 となるとだなあ、、、。」 「分かった分かった。 お前が言いたいのは金づるが切れたから用は無いってことだな?」
「じゃないのか?」 「やつの金づるは安倍なんだよ。 安倍が全ての金を用意してたんだ。」
「何だって?」 「安倍が金を預けてた銀行を徹底的に調べ上げたんだ。 そこから見えてきたよ。」
「何が?」 「安倍が軍資金を用意する。 それを使って川嶋を動かす。 川嶋が動けば水谷も動く。 それで直子の元には薬と売人と銃が集まってくる。 それを海外で売り捌けば金に化けて戻ってくる。」
「うま過ぎないか?」 「なに。 直子の弟は雑貨商だ。 海外ルートだって持ってるから持ち出すのは簡単だよ。」
「それにしたってだなあ、、、。」 「橋家って知ってるか?」 「ああ、あの海岸から沖の船まで荷物とか人を運んでる船だろう?」
「それに載せちまえば港湾の検査は免れる。」 それで沖の船に積み替えて送ってるんだよ。」 「じゃあすぐにでも押さえなければ、、、。」
「ところがだ。 いつ、どの船で動いてるのかさっぱり分からないんだ。 何処の海岸から出てるのかもな。」 「そんなの調べれば分かるじゃないですか。」
「おいおい、海岸だけでも何千キロも有るんだぜ。 どうやってピンポイントで調べるんだよ?」 「それはそうだが、、、。」

 刑事たちの論争は続いている。 芳太郎はふと思った。
(橋家に荷物を載せやすい場所を特定すればいいんだよな。) それで彼はYouTubeやインスタグラムなどのネット画像を検索し始めた。
 捜査員たちは今日も出入り激しく動き回っている。 幾つもの事件が重なってしまって首が回らなくなってきているようだ。
その中で芳太郎が最初に見掛けた刺殺事件が動き始めた。 容疑者とされていた女が起訴されたのだ。
 (あの女は寺本ではないな。 資料には寺本と書いてあったけれど、、、。) 芳太郎は気になってそのっファイルを開いてみた。
なるほど、寺本直子と書かれていた辺りは黒く塗り潰されている。 代わりに吉本妙子と書いてある。
(吉本妙子だって? 誰だこれ?) 腑に落ちない所ではあるがここにこだわっては先に進めない。
 資料を読み進めていくと生年月日は寺本直子と同じ1987年6月28日だという。 (偶然にしては出来過ぎてるな。)
そこまで辿った芳太郎は資料室を出て真昼の街へ出ていった。

 重要なポイントと言われる駅や庁舎、水谷や川嶋が行きそうな場所には私服警官が配置されている。 それだからか、異様なほどに静かである。
最初の事件が起きてからもう一か月。 川嶋伊三郎が狙撃されてから3週間近く。
その後、水谷商会の拠点がトラックに突っ込まれ、、安倍が殺された。 そしてどちらの動きにも詳しい緒方が消された。
次は誰が狙われるのだろうか? マンションに立て籠もっていた連中は悉く引っ張られていったんだ。
あの事件で死んでいった警邏隊 機動隊の隊員は20人近く。 マンション上の階からの一斉射撃だったと聞く。
それだけの銃火器を集められるのは水谷グループだろう。 いずれにしてもそんな見方しか出来ない。
 だが、どちらもボスを失っている。 統率が取れなくなればゲリラ的な事件が増えてくる。
今は反社同士の殴り合いのように見えているが、いつ一般庶民が巻き添えを食らうか分かったものではない。
 殺されているのは薬や不法滞在者、銃や金に絡んでいる人間ばかりだ。 ほっといてもいいほどの同士討ちだ。
しかしそれがいつエスカレートするか分からない。 やつらの下には多くのチンピラが蠢いているのだから。

 「緊急指令! 東亜町4丁目付近で集団暴力事件が発生した模様。 近隣のパトカーは急行せよ。」 「了解!」
商店街を歩いている芳太郎の脇をけたたましいサイレンを鳴らして数台のパトカーが疾走していった。 「何事だ?」
 「ああ、大森警部補。 東亜町のほうで集団暴力事件が起きましてな。 警邏隊がそっちに向かったわけですよ。」 課長は書類を書きながら事情を説明した。
「集団暴力?」 「最近は血の気が多いやんちゃなやつが多いですからなあ。 警部補も気を付けてくださいよ。」
彼はそう言いながら掛かってきた電話を受けた。 「ああ、先生ですか? こないだはどうも。」
(先生?) 芳太郎は一瞬怪訝な面持ちになったがすぐに表情を戻して椅子に座った。
 課長は時々高笑いをしながら電話を続けている。 「そうですか。 ありがとうございます。 それでは、、、。」
 電話を切ると何事も無かったような顔で捜査に出て行くのである。 芳太郎は腑に落ちない何かを感じていた。
(先生、、、か。) 窓際族の彼にはどうでもいいように見えてどうでもよくなかったりするもんだ。
 いつだったか食堂で見掛けたあの男たちも、、、。 (よろしく、、、みたいなことを言ってたよな。 あれは何だったんだろう?)
考えてみても分からないことだが、どうも気になるのである。 しかしそこから先はどうしても踏み込めない。
 課長のあの笑顔といい、何とも不可解だが、、、。 彼はまたまた街へ出て行った。
ちょうど昼である。 空腹を感じた彼は入り慣れている食堂へ入っていった。
 「いらっしゃいませ。」 店員がお絞りを持ってきた。
「塩ラーメンと餃子を、、、。」 「畏まりました。」
 カウンターの端っこに座って何気なく店内を見回す。 今日も盛況である。
水を飲んでいると一人の女が店に入ってきた。 芳太郎は何食わぬ顔でその女の顔を見た。
(寺本、、、。 いや、そんなはずは無いな。) しかしどう見ても寺本直子である。
 直子はテーブル席に落ち着くと炒飯と中華スープを注文した。 辺りを警戒するような素振りは無い。
ひょうひょうとしていて辺りを見回すようなことも無い。 この店は警察官がよく食べに来る店だということも知っているらしい。
 しばらくするとスマホを取り出して何かを始めたらしいが、芳太郎は構わずに食事を続けている。 どうやら今の時間、彼以外に警官は居ない模様だ。
直子もそれを分かっているのだろう。 スマホを閉じると炒飯に向かった。
 店を出た芳太郎は浮かぬ顔で一課へ戻ってきた。 「どうしたんですか? 大森さん?」
「寺本が近くまで来てるよ。」 「そんなことは無いでしょう? やつは最大限に警戒されているんですよ。 動けないと思うけど。」
「それが動いてるんだよ。 食堂に来てる。」 「ははは、飯くらい誰だって食べますよ。」
そう言って刑事の小川智彦は捜査に出て行った。 (あいつはあそこで何をしてたんだろう?)
 3時を過ぎた頃、無線が飛び込んできた。 「県庁付近で女の射殺体を発見した。 鑑識班に応援願いたい。」
「射殺体?」 芳太郎だって無線は聞いたが、だからといって何が出来るわけでもない。
窓際の机にもたれてぼんやりと外を眺めている。 「射殺体は女性。 30代と思われる。」
「30代だって?」 彼も一度は驚いたがすぐに表情を戻して椅子に座った。
 寺本直子も、、、。 でもどこか違うような、、、。
そこへ水谷商会突入事件を調べていた捜査班が帰ってきた。 「分かんねえことばかりだなあ。」
「そうだ。 あの建物には誰も居なかった。 それを承知でなぜトラックが突っ込んだのか?」 「捜査の攪乱にしては違うようだし殺意が有ったとも思えない。」
「やつらならやりかねないとは思うけどな。」 「水谷なら川嶋だって良くは思ってないんだ。 いつかやるとは思ったけど、、、。」
「なら何で誰か居る時にやらないんだ?」 「やっちまったら歯止めが利かなくなるだろう。」
「ということは申し合わせたうえでやったってことか?」 「そう見るのが無難じゃないのか?」
「それにしては人騒がせだなあ。 もうちっとおとなしくしてりゃいいのに。」 捜査員のボヤキにみんなはドッと笑った。











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