約束した夏(シナリオ版)

約束した夏

① 向日葵畑
見渡す限りの向日葵畑。
小高い丘の上に一本の大きな木。
鳥の鳴く声。
木陰に、敷かれたレジャーシート。
五月は腰掛け、朋也は寝転がっている。
五月「(伸びをして)いい風」
  五月、朋也を振り返る。
  が、朋也、寝息を立てている。
五月「(くすり、笑って)ありがとね」
  五月、屈んで長い髪を耳に掛け、朋也の額に軽く口づける。
  雲のない、どこまでも澄んだ青い空。
  メインタイトル「約束した夏」
  キャストロール、スタッフロール。

② 春成家
着信音。
五月、携帯を手に立ち尽くしている。
五月「え、今なんて」
哲也『息子が、朋也が、車にはねられて――』
  五月、受話器を落とし、立ち尽くす。
五月(M)「空が落ちてきたのかと、思った」
  暗転。

③ 大学
T 「三年後、春」
大学の入学式、会場。
人ごみの中、関口有紗(十八)、春成五月(十八)を見つける。
有紗「五月!」
  分厚い封筒を抱えた五月が振り返る。
五月「有紗」
有紗「久しぶり。卒業式以来?」
五月「うん」
有紗「聞いていいことかわかんないけど…大野くんは?」
  五月、首を横に振る。
有紗「そう」

④ ――(回想)――
  集中治療室の前に駆けつける五月。
  治療室の前、ソファに憔悴した朋也の母、朋子。
  座っていた朋也の父、哲也が立ち上がり、
哲也「若槻…五月さんですか? 電話した大野です」
五月「あ…朋也のお父さん」
  頷く哲也。
五月「あの、それで朋也くんは」
哲也「まだ手術中で――」
  がらりと治療室の扉が開く。
  一同、注目。
  医師が出てきて、帽子をとり、一息つく。
朋子「(立ち上がり)先生! 朋也は…朋也は」
哲也「命は取り留めました。ですが――(言いにくそうに)意識が戻る保障は致しかねます」
朋子「どういうことですか」
  食い下がろうとする朋子の肩を押し留める哲也。
  病室、寝台に横たわる朋也の周りには様々な延命機器。
医師「意識が戻る可能性がゼロということではありませんが…それが明日になるか、一ヶ月後、一年後になるか…検討もつきません」
五月「そんな」
  朋子、きっと五月に向き直り、
朋子「あなたの所為よ」
  五月、怯えて一歩後ずさり、
朋子「あなたが連れ回しさえしなければ…朋也は、朋也は!」
哲也「朋子、やめろ」
朋子「(夫を振り返り)あなたもあなただわ、勝手に家を出て行ったっきり。あの子には父親が必要な時期だったのに」
  一同、沈黙。
朋子「返して…私の朋也を返してよーっ」

⑤大学
壇上で校長が祝辞を述べている。
並べられた式椅子に座る五月、有紗、他
新入生。
五月(M)「あの事故から三年、私は未だ意識が戻らない(病室の朋也のイメージ挿入)という彼を一度も見舞いに行けずにいた」
  廊下、掲示板にかけられたプリントをとろうとする五月。
五月(M)「心が離れてしまったつもりはないのだけれど、時が止まってしまった朋也とは裏腹に、私の時間は確実に刻まれていた」
  もう少しのところで、届かない。
  五月の背後から神埼司の影。
司 「ちっこいなぁ(代わりにプリントをとってやり)はい」
五月「(受け取り、司を見上げて)あ、すいません」
  五月、絶句。
司 「どういたしまして…ってどうかした?」
  振り返った司、①の朋也と酷似している。
五月「…朋也」
司 「(眉間に皺寄せ)は?」
  五月、はっとして一歩後退り、
五月「あ、ありがとうっ」
  一礼して、逃走。
  残された司、頭の後ろをかき、
司 「変なやつ」
  司、五月の背中から目が離せない。

⑥春成家
眼鏡をかけた津嵩(義弟)、教科書から
顔を上げて、
津嵩「え? 大野そっくりの別人がいた?」
  五月、寝台に腰掛けている。
五月「うん、びっくりして逃げて来ちゃった」
津嵩「逃げてきたって…」
  津嵩、呆れている。
津嵩「五月ちゃんさ、酷なことを言うようだけど…そろそろけじめつけてもいいんじゃない? もう三年も経つんだよ?」
  五月、俯いている。
津嵩「そりゃさ、綺麗さっぱり大野のこと忘れちゃうよりは、健気だとは思うけど。三年にもなると、痛々しいよ。それに、待ってることが必ずしも大野にとって幸せなことだとは限らないだろ?」
五月「(拳をぎゅっと握り)わかってる、わかってるんだけど――」
  五月、言葉が続かない。
津嵩「(ため息)抜け殻みたいになってるのは、大野じゃなくて五月ちゃんじゃないか」
五月(N)「津嵩は、高二の時、お母さんが再婚したお義父さんの息子だ。彼は中学で朋也と同じサッカー部だった」

⑦――(回想)――
T 「三年前、慶応高等部」
  夕暮れの校庭。
  部活を終えた高校生が帰途についていく。
  部室で部誌を書いている五月。
朋也「若槻」
  五月、見上げると、朋也が立っている。
五月「大野くん。どうしたの? 更衣室ならもう鍵かけちゃった」
朋也「(思いつめた表情)話が、あるんだ」
  五月、声もない。
  夕暮れのグラウンド。
  背を向け前を歩く朋也を追う五月。
朋也「(立ち止まり)俺、おまえが好きだ」
  五月、立ち止まり、赤面。
五月「大野くん」
朋也「決勝戦に勝ったらさ、言うつもりだった。けど、おまえにも考えて欲しくてさ。勝ったら、返事聞かせてくれるか?」
五月「あの、私」
  五月を抱きすくめる朋也。
  五月、言葉もない。
朋也「(頭を下げ)約束だからな!」
  駆け出す朋也。
  朋也の背中を目で追う五月。
  サッカー県大会決勝戦。
  スタンドで観戦する五月や有紗。
  勝敗を決めるシュートを放つ朋也。
  会場が沸きあがる。
  森崎彰太、朋也の元に駆け寄り抱き合う。
  トロフィーを手にする主将、伊藤。
  伊藤の支持でチームメイト、朋也を胴上
げする。
  スタンドで呆けている五月に抱きつく有
紗。
  人も捌けたスタジアムの外。
  前を行く五月と追う朋也。
五月「(立ち止まり)すごかったね、今日の試合」
朋也「若槻、」
五月「(振り返り)言っとくけど、私怒ってるんだからね。勝手に好きっていって勝手に走ってっちゃうんだもん」
  朋也、気おされ気味。
朋也「ごめん」
  五月、吹き出す。
五月「ほんとはね、試合なんてどうでもよかったの」
  朋也、顔を上げる。
五月「勝っても負けても、私の気持ちは決まってたから。なのに大野くんてば、負けたら返事言わせてくれないみたいな言い方するんだもん」
朋也「じゃあ」
五月「(恥じらい)私も、ずっと、ずっと好きだったよ――て、わっ」
  五月を抱きしめる朋也。
朋也「よかった」
五月「大野くん、苦しいよ」
朋也「(解放し)あ、悪い」
  見詰め合う二人。
五月「もう勝手なこと言っちゃダメだからね」
朋也「わかった」
五月「私も好きだから、ね」
朋也「俺も」
  笑い合う。

⑧ 春成家
高校時代の卒業アルバム。
県大会優勝の際の記念写真。
五月、開いていたそれを閉じる。
机の上には、五月と朋也が写った写真。
五月、写真から目をそらし窓の外を見上げる。
五月(M)「今でも朋也が好き。でも、それが私の中の時間を止めてしまっているのだろうか」
  月が煌々と輝いている。

⑨ 大学
教室移動中の五月。
  有紗が駆けてくる。
有紗「五月!」
  五月、振り返り立ち止まる。
五月「有紗。なに?」
有紗「あのさ、サッカー部の先輩から、大学でもマネージャーやらないかってお誘い受けたんだけど…五月もどうかなって」
五月「え」
  迷って、俯く五月。
有紗「無理にとは言わないけどさ、先輩たち、五月のことだって心配してるよ? 今度の新歓飲みだけでも出てみたら?」
  五月、しばし考えて、
五月「わかった、考えとく」
有紗「(安堵)そ、よかった」
  廊下の向こうに、森崎彰太(十八)が立っている。
彰太「有紗! 置いていくぞ」
有紗「(慌てて)待ってよ! じゃあ行くね、今度メールする」
五月「うん、よろしく」
  歩き出す五月。
  有紗、彰太においつく。
彰太「五月、なんだって?」
有紗「新歓には来てくれるみたい」
彰太「そうか。よかった、思ったより元気そうだなあいつ」
有紗「そうかな…でも、少しは笑えるようになったみたい」
彰太「あとは、大野さえ戻ってくればなぁ」
有紗「そうだね」
  ため息をつきつつ、歩き出す二人。
廊下に置かれた長机。
プリントを取ろうとした五月と司の手  
があたる。
  二人、顔を見合わせて。
五月・司「あ」
  五月、先に手を引っ込める。
五月「この間はごめんなさい」
司 「いや、気にしてないよ」
五月「(安堵)よかった」
  司、少し気になる。
伊藤「神崎!」
  駆け寄ってくる伊藤(二十歳)
司・五月「伊藤先輩」
  二人、再び顔を見合わせる。
伊藤「早速明日の練習試合出て欲しいんだ。(背の低い五月に気づき)あれ、なんだ、若槻…じゃなかった、春成じゃないか。久しぶりだな」
五月「(一礼して)お久しぶりです」
伊藤「その後どうだ? 少しは元気でたか?」
五月「あ、はい。あの時は心配かけてしまって、すみませんでした」
伊藤「いや、俺達もかなり落ち込んだからお互い様だよ。大野は、まだ…?」
  五月、首を横に振る。
伊藤「そうか…あ、関口に伝言頼んだんだけど…マネージャーの件、よく考えてみてくれよな。皆、待ってるからさ」
  かろうじて頷く五月、司からの視線が気になる。
五月「あの、私、失礼します!」
伊藤「ああ、じゃあな」
  ふたりに背を向け、歩き出す五月。
  司、気になって五月を目で追っている。
伊藤「どうした?」
司 「いや、あの子」
伊藤「ああ、春成か。可愛いだろ、中高うちのサッカー部でマネージャーやってたんだ」
司 「(あまり興味なさそう)へぇ」
伊藤「手、出すなよ」
司 「ちっこいなぁって思っただけですよ」
伊藤「(じとーっと睨み)ほんとかぁ?」
司 「マジですってば」

⑩ 居酒屋
騒がしい店内。
長いテーブルに十数人が着席し、飲み食いしている。
  グラス片手に辺りを見回す五月。
  隣には有紗が座っている。
有紗「どうしたの? さっきからきょろきょろしちゃって」
五月「ううん、なんでもない」
  司の姿がない。
  隣に座っていた男子生徒A(男A)、酔って身を乗り出し、
男A「やっほーちゃんと飲んでる?(寄りかかり)可愛いね、君、新入生?」
五月「え、まぁ…」
男A「(有紗をみて)お、こっちは美人さん。うちのマネージャー、レベル高いなぁ」
有紗「あ、ありがとうございます」
  有紗も引き気味。
  有紗の横から彰太が身を乗り出してくる。
彰太「ちょっと先輩、酔って俺のカノジョに手出さないで下さいよ」
男A「なんだぁ、一年坊主のコレ(小指をたて)かあ、残念。(五月に近づき)君は? フリーだったりする?」
  彰太、ムキになって。
彰太「五月も! 男いるし、俺の幼馴染なんで他あたって下さい!」
男A「なぁんだ、ふたりともお手つきかよ」
  向かいに座っていた伊藤。
伊藤「おい、その辺にしとけよ。三人とも中高でも一緒だった俺の後輩だからな」
男A「部長の後輩にゃあ、手出せねぇなぁ」
  どっと笑いが沸き起こる。
  司が遅れて入ってくる。
司 「すみません、授業長引いちまって」
伊藤「神崎、待ってたぞ。(隣にスペースをつくり)ここ座れよ」
司 「ありがとうございます」
  彰太と有紗、唖然としている。
五月「あ、さっきの」
司 「おう、春成だろ? 俺、神崎司。よろしくな」
  司、周りに気づかずにこやか。
  有紗、五月に耳打ちする。
有紗「五月、顔見知り? 神埼くんって…」
伊藤「(司の肩に手をおき)神崎は中高イギリスに行ってたんだ。向こうでも名の知れたクラブでプレイしてたから、明日の練習試合に早速出てもらう」
  司、唖然としている彰太に手を差し出し、
神崎「森崎だろ? 三年前の全国は日本で見たんだ。すげーな、おまえ」
彰太「(慌てて握手)サンキュ。よろしくな」
  周囲は相変わらず騒がしい。
伊藤「さっきから森崎と関口が変な顔してると思ったら(司の顔を見て)そういえば神崎、おまえ誰かに似てるような…」
  反応する五月。
有紗「(伊藤を睨んで)せ、先輩!」
  五月に気づく伊藤。

⑪居酒屋・外
伊藤「二次会行く奴は残れよー!」
  ほぼ全員がその場で会話したまま。
  一人駅に向かおうとする五月。
  司、後ろから近づいてきて、
司 「帰んの?」
五月「わっ(背後を振り返り)び、びっくりしたぁ」
司 「はは、悪い。で? 帰るの?」
五月「うん。神崎くんも?」
司 「ああ、明日一限からだから」
五月「そっか、私も」
司 「なぁ、春成んちって、どこ?」
五月「えっと…藤沢だけど」
司 「マジ? 俺方向同じだからさ、よかったら乗っていけよ」
  司、単車の鍵を取り出す。
五月「え、神崎くん、飲んでるんじゃ…」
司 「(笑って)心配しなくても、あれだけ遅れてきたんだ。飲んでないよ」
五月「ほんとに?」
司 「ほんとだって。五月は真面目だなぁ」
  司、五月の肩に手をおく。
  と、五月に振り払われる。
  司、少しびっくり。
五月「あ、ごめん…じゃ、お言葉に甘えようかな」
  司、座席を上げ、中からヘルメットを取り出す。
  うち一つを五月に投げ、受け取る五月。
司 「(前座席に跨り、振り返りながら)乗れよ」
  五月、戸惑いつつも遠慮がちに後部座席に跨る。
司 「(腹部に掴まるよう促す)つかまってな」
  五月、おそるおそる司の腹部に腕を回す。
司 「そうじゃなくて、こう。落ちんなよ」
  さらに身体を密着させる二人。
  後部座席に五月を乗せて走り出す単車。

⑫春成家・前
単車が乗りつける。
司 「(ヘルメットを外し)ここ?」
  一軒家を見上げる司。
五月「うん、今日はありがとう」
  五月、下りてヘルメットを外して司に渡す。
  司、じっと五月に見入る。
五月「な、なに…」
司 「いや、ふつーに笑うよなぁと思って」
  はっとする五月。

⑬――(回想)――
  ④の、泣きそうな表情の五月。
司 「初めて逢った時、おまえ今にも泣き出しそうな顔してたから」

⑭春成家・前
司から目をそらす五月。
司の右手が五月の左頬に触れて、
司 「うん、笑った方が可愛いよ」
  司、悪戯っぽい笑顔。
  五月、赤面。
五月「(慌てて)か、神崎くんはこの辺なの?」
司 「ああ、駅前にさ、一階がスポーツジムになってるマンションがあるだろ? あそこ」
  高級マンションである。
五月「(驚いて)あんないいところ…家族と一緒に?」
司 「いや、一人。中学も高校もイギリスで寮だったからな。おふくろは小学校上がる前に死んじまったし、親父とは五年以上ろくに顔合わせてねぇや」
五月「そう」
  睫を伏せる五月。
  司、身を乗り出し、
司 「あ、可哀相って思っただろ」
  五月、慌てて両手を挙げて
五月「え、違うよ! そうじゃなくて、唯…」
司 「唯?」
五月「逢ってまだ間もないかも知れないけれど、普段の神埼くんって、そういう事情があるようなところ欠片も見せないから」
  司、目を白黒させ、破顔一笑。
司 「はは、そんなこと言われたの初めてだ。見かけによらず鋭いのな、おまえ」
五月「か、からかわないでよ!」
司 「からかってなんてないさ、むしろ感心してんだよ。案外、人のこと見てんだなって」
  司、五月の左頬に軽くキス。
  五月、なにが起こったか把握していない。
司 「久々に日本帰ってきたっつっても、おまえみたいな奴に逢えたなら悪いことばっかでもなさそうだな! じゃ明日な、五月」
  再びヘルメットをかぶり、単車を走らす司。
  五月、左頬を手で押さえながらしばし呆けている。

⑮――(回想)――
司 「感心してんだよ。人のこと見てんだなって」
  司、五月の左頬に軽くキス。

⑯大学・大講堂
五月「(立ち上がって)なんて軽いの!」
  五月の隣には有紗、驚いて五月を見上げている。
有紗「さ、五月?」
  大講堂の生徒一同、五月に注目。
教授「私は軽い話をしているつもりはありませんよ? むしろ重いかと存じますが」
  黒板には「難民キャンプの衛生問題について」と書いてある。
五月「あ…すみませんでした」
  一礼して席につく五月、俯く。
  有紗、小声で。
有紗「どうしたの、五月。(思い出したように)そういえば、あんた昨日二次会来なかったでしょ。神崎くんに送ってもらったって?」
五月「(びっくりするが、声は抑えて)ど、どうして知ってるの」
有紗「昨日神崎くんの単車に二ケツしてた女の子をみたって友達が言ってたもん。(ニヤっと)まさか、なにかあったとか」
五月「あ、あるわけないでしょ! (はっとして目を泳がせ)そうだよ、あるわけないよ」
  気落ちした様子の五月、前に向き直ってノートをとり始める。
  有紗、五月を尻目にため息。

⑰サッカー場
ボールが高く蹴り上げられる。
騒然としているグラウンド。
ジャージを纏い、ベンチに座ってノートに何か書いている有紗。
一人私服のままの五月が歩いてくる。
有紗「あ、五月」
  五月、笑って手を振る。
  グラウンドにいる司や彰太、気づく。
有紗「ちょうどよかった。私これからちょっと用事があって帰られなきゃなんだ。交代してくれる?」
ノートを五月に渡す有紗。
五月「えっ」
受け取りながら慌てる五月。
有紗「大丈夫、今日は紅白戦だけだから。座ってりゃいいのよ。じゃね」
  軽い調子で駆けていく有紗。
  五月、肩をすくめてベンチに腰掛ける。
  ホイッスルが鳴り、紅白戦が始まる。
  動きの良い司。
  五月、司を目で追ってしまう。
五月(M)「デジャブどころか、生き写しだった。それでも彼は朋也とは別人なのに、重ねてしまう」
  五月、目を閉じる。

○第二部・夏
⑱春成家
母・弥生と台所に立つ五月。
風呂上りの津嵩、台所前を通りすがる。
津嵩「五月ちゃん、お風呂空いたよー」
五月「あ、うんありがと」
  五月、一旦鍋の火を止める。
  自室のある二階へと続く階段を上がる五月。
  と、台所から弥生が顔を出す。
弥生「五月、ちょっと牛乳買ってきてくれる? 切らしてたの忘れてたの」
五月「(振り返り)ん、いいよ」
  五月、自室へ入って身支度。
  梅雨明けの七月、軽装にサンダルを引っ掛けた五月、外へ。
  駅前のコンビニへと向かう。
  外、ようやく暗くなり始めた時分。
  歩道に面した雑誌コーナーには人が少なからずいる。
  五月、コンビニの中へ。
店員「いらっしゃいませこんばんはー」
  五月、迷わず牛乳を手に取る。
  レジ、いつの間にか少し並んでいる。
  五月の前にはラフな格好の男性、司。
  司の持つ籠の中にはたくさんの日常品、食料品。
  背の高い司を羨ましげに見上げる五月。
  気配を察した司、ふと振り返る。
司・五月「あ」
  沈黙。
司 「よう」
  レジを切りながらの会話。
五月「うん久しぶりだね」
司 「あぁ、ずっと雨で部活なかったしな」
  決済の済んだ司、五月に場所を譲る。

⑲夜の街
いつのまにか暗くなっている。
コンビニから出てくる司と五月。
店員「ありがとうございましたー」
  連れだって歩く二人。
司 「てかおまえ、いっつもそんな格好で夜出歩くの?」
  五月、キャミソールに薄手のパーカを羽織り、ショートパンツ。
五月「え、だってもう暑いから」
司 「それにしたって、もうちょっと控えた方がいいぞ。この辺だって俺みたいな紳士ばっかじゃないんだから」
五月「あはは、お義父さんと同じこと言ってる」
司 「なにかあってからじゃ遅いんだぞ」
  人は疎ら。
  五月、司のビニールの中身をみて、
五月「神崎くん一人暮らしだっけ。いつもコンビニで?」
司 「ん、ああ(ビニールを軽く持ち上げて)男の一人暮らしにしちゃ、ちゃんと自炊してると思うけどな。部活あったりとか、忙しいと、な」
五月「ふーん。(ひらいめて)あ、ねぇ、今度ご飯つくりに行ってあげよっか」
  司、驚いて目を白黒させる。
五月「なによ、その疑いの目は。これでも一応、死んだお父さんは三ツ星レストランのシェフだったんだよ」
司 「あれ、そういえばおまえんちって再婚なんだっけ」
五月「うん。今のお義父さんは刑事さん」
  司、なにか考えを巡らせている。
  歩道橋の階段を登る二人。
五月「どうかした?」
司 「いや。てかおまえさ、男の一人暮らしにずかずか上がり込むって意味、わかってんの?」
五月「へ?」
司 「(悪戯っぽく)喰われても知らねぇぞー」
五月「なっ…(赤面)」
  一瞬立ち止まる五月。
司 「バーカ。そんなに困ってねぇよ」
  そっぽを向く五月、司を追い越しさっさと歩く。
司 「(苦笑)マジにとるなよ。冗談の通じない奴だな。おい五月」
  (歩幅が違うので)余裕のある司。
  五月、振り向いたまま歩く。
五月「…言おう言おうと思いながら今まで言わなかったけど、気安く名前で呼ぶのやめてくれない?」
司 「なんで?」
五月「なんでも!」
司 「いいじゃん、減るもんじゃないし…(五月の後ろに下りの階段)おい、前見て歩け!」
五月「だいたい神崎くんて強引なのよっ…(よろけて)て、わっ」
  背中から階段に落ちる五月。
  荷物を放り出した司、五月を抱きとめ、階段を転げ落ちる。
  踊り場で止まり、五月をかばった司が下になっている。
五月「(司からどきながら)か、神崎くん、大丈夫?」
司 「ってぇー…おまえなぁ! 人の忠告は聞けよ、頭打つとこだったんだぞ!」
  肩をすくめる五月。
五月「ごめん。ごめんなさい」
  殊勝な五月から目をそらす司。
司 「謝れっつってんじゃなくて! 他に言うことあるだろ?」
五月「(改まって)ありがとう」
  睫を伏せる五月。
司 「(ぼそっと)そんな瞳、するなよ」
五月「え? 痛っ」
  指を切った五月。
司 「見せろよ。あー(五月の手をとって)こりゃコンビニでやったな。広告かなんか触っただろ」
五月「そっか、今ので傷開いちゃったんだ」
司 「でも」
  司、五月の指を舐める。
司 「これくらいなら舐めときゃ治る」
  気が気でない五月。
司 「(ちょっと思いつめたカンジ)なぁ、五月。俺さ」
五月、さっと指をひっこめて、
五月「あ、ありがと! 私もう帰らなきゃ」
  逃げるように走り去る五月。
  取り残されてしまう司。
  自宅そばまで息を切らし、走ってきた五月、立ち止まり、先ほどの手を抱きしめて。
五月(M)「悪い予感が脳裏を霞めた。私の心とは反対に、私の中のなにかが彼に惹かれ始めている。これ以上、そばにいてはいけないと、頭の中で警鐘が鳴った」

⑳大学
部室で部誌を書いている有紗。
  司、扉は開いているがノックする。
有紗「(気づいて振り向き)神崎くん、なに?」
司 「最近、あいつ見ないけど、どうかしたのか?」
有紗「誰?」
司 「五月だよ」
有紗「ああ。あの子、夏休みに入ってから連絡がとれないのよ。弟くんにも聞いたんだけどね、具合悪いみたい」
司 「そうか」
  じっと司を見ている有紗。
司 「なんだよ」
有紗「あのさ、間違ってたらごめんなんだけど、神埼くんが五月に惹かれてるの、なんとなくわかるんだ。でもね、あの子は神埼くんの気持ちに応えないと思う。応えられないのよ」
司 「(むっとして)そんなんじゃねぇよ。そんなんじゃない、けど」
有紗「けど?」
司 「唯、気になるだけだ」
  司、そっぽを向く。
有紗「(ため息)そう」
  有紗、部誌を閉じる。

21)五月の部屋
しとしと雨が降っている。
鳴り響く着信音。
寝台から半身を起こした五月、携帯を手に取る。
五月「はい?」
司 『五月? 俺』
五月「え、神埼くん?」
  五月が窓のカーテンを開け、外を見ると傘を差した司が手を振っている。
司 『声だけでわかってくれるとはな』
五月「なにしてるの? 部会、あるんでしょ」
司 『あるよ。おまえも行くんだよ』
五月「え」
司 『ほら早く用意しろよ。つーかおまえその格好でカーテン開けるなよ。目のやり場に困る』
  キャミソール一枚だったことに気づく五月。
  さっとカーテンを閉じて、
五月「もっと早く言ってよ」
司 『あはは、やり場に困っても目が良すぎるもんだから、保養だよ、保養』
五月「からかわないでよもう」
司 『あー悪かったって! だから早く出てこいよ――待ってるから』
  一瞬、意味を解さない五月。
五月「え?」
  司の声が真剣。
司 『五月が、誰かを待ってるのだって、知ってる。それが誰だかまではわかんないけど』
  言葉もない五月。
司 『それでも、俺はおまえを待ってるよ』
  五月、思わず泣きそうになる。
五月「神埼くん、私…」
  司、取り繕うように、
司 『とにかく! 部会でるんだから今は着替えて早く降りて来いよ』
五月「うん」
  寝台から起き出す五月。

22)
  角の塀に寄りかかり立ってる司。
  春成家の扉が開き、傘を差した五月が出てくる。
  門を開いて、閉める五月。
  二人の目が合う。
五月「おはよ、久しぶり」
司 「おう」

23)桜並木とか
  俯きながらも肩を並べて歩く二人。
  葉桜が揺れる。
司 「あ」
  五月の髪の房を手に取る司。
五月「なに?」
司 「葉っぱ」
  青々とした葉。
五月「ありがと」
司 「おう。(ふと空を見上げ)雨、止んだな」
  傘を畳むふたり。
五月「うん」
   黙々と歩く二人。
五月(M)「見透かされているのかと、思った。この人を避けていたことも、この人に惹かれ始めていることも」

24)交差点
  立ち止まる五月。
五月「ここ」
  司、五月を振り向いて立ち止まる。

25)――(回想)――
  トラックのブレーキ。
  血を流さず、倒れている朋也。
  救急車のサイレン。

26)交差点
  五月を覗き込む司。
司 「五月?」
  はっとする五月。
五月「あ、なんでもない」
  緊張している五月。
  信号が青から黄色へ。
  急ぎ足で渡ろうとする司。
  司のシャツをつかみ、止める五月。
司 「(振り向き)五月?」
五月「だめ!」
  必死の五月の手が震えている。
司 「(やりにくそうに)わかったよ」
  ふたりの傍ら、猫を抱いた少年が現れる。
  と、猫が車道へ飛び出す。
  追いかけ、飛び出す少年。
少年「みぃ、待って!」
  車のブレーキが鳴り響く。
  息を呑む群集。
  悲鳴をあげた五月、目を瞑る。
  しばし沈黙。
  再びざわざわし始める一角。
  堰を切って泣き出した男の子。
  五月、そっと目を開けて状況を確認する。
  司、少年の頭を撫で、落ち着かせている。
司 「大丈夫、もう大丈夫だから」
  ほっとする五月。
  反対側の歩道から母親らしき女性が走ってくる。
女性「悠太! すみません、ほんとにありがとうございました」
  司、悠太少年を女性に引き渡す。
  泣き止まない悠太。
司 「ほら、もう泣くなよ。びっくりしただけだろう?」
悠太「だって、みぃが」
  悠太の指差した先には、ぐったりと横たわる猫。
  信号は青、人の往来。
  五月は立ちすくんで声もない。
  ふと五月に気づく司。
司 「五月?」
  がくがく震えの止まらない五月。
  異変に気づく司。
司 「おい、どうしたおまえ…」
五月「(後退る)あ、あ…」
  救急車のサイレンが近づいてくる。
誰か「救急車がきたぞ!」
  完全にフラッシュバック。
朋子(M)『返してよ』
  ④の回想。
朋子(M)『朋也を返して!』
司 「さつ…」
五月「や――っ」
  頭を抱えてしゃがみこむ五月。
  なんとか落ち着かせようとする司。
司 「どうしたんだよ、五月!」
五月「(目が虚ろ)朋也? ごめんね、ごめんなさ」
  はっとする司。
  気を失う五月。
司 「五月! おい、しっかりしろ。五月!」
五月(M)「その声も、その腕も。確かに求めるものとは違うというのに。何故だろう、無事であることに安心して、力が抜けてしまった」
司 「五月、五月」

27)大学・保健室
  目を覚ます五月。
  様子をみていた司、ほっとする。
司 「お、気がついた? いきなり倒れるもんだからびっくりした」
  心からの笑顔。
  起き上がり、いぶかしむ司に、口付ける五月。
  司、驚きつつ、応える。
  司が立ち上がり、丸椅子が音をたてて倒れる。
五月「朋也」
  司、知らんふり。
  扉が乱暴に開けられる。
彰太「五月! 倒れたってほんとか」
  一同、沈黙。
五月「あ…彰太」
  五月、司の腕の中から逃れようとする。
  が、司は放さない。
  司と彰太を交互に見やる五月、顔面蒼白。
五月「やだ」
  司を押しのけ、保健室を出て行く五月。
彰太「五月!」
  扉から五月の後姿を追う彰太。
  司は動かない。
彰太「神埼、おまえ五月になにした?」
司 「なにって…見てたんならわかるだろ」
彰太「そうじゃなくて! どうしてんなことになったっつってんだ!」
  ため息をつく司。
司 「勝手に騒ぐな。あいつから、キスしてきたんだ」
  愕然とする彰太。
彰太「なんで」
司 「それはこっちの台詞だ。だいたい、おまえらなんなんだよ。よってたかって、五月のことガキの面倒みるみたいに大事に大事に仕舞い込みやがって。あいつが誰となにしようとあいつの勝手だろう?」
  俯く彰太。
彰太「おまえには、わかんねぇよ」
司 「わかってたまるか。それよか朋也って誰だ?」
  はっとする彰太。
彰太「おまえは、知らない方がいい」
  辛そうな彰太。
司 「なんだよ、それ」
  外で蝉が鳴いている。

28)五月の部屋
  五月の机の上、オルゴールが鳴っている。
  寝台に横たわる五月。

29)――(回想)――
  五月に箱を手渡す哲也。
五月「これ」
哲也「息子が持っていたものです」
  五月が中を開けると、オルゴールが入っている。
①の向日葵畑。
  レジャーシートに腰掛ける二人。
  五月、朋也を振り返って、
五月「ね、八月十日って、朋也の誕生日だよね?」
朋也「あぁ、そうだけど。よく知ってるな」
五月「彰太に聞いたの。ね、十日も逢える? 付き合ってから初めての朋也の誕生日、お祝いしたい」
朋也「そんなのいいよ。俺だって五月の誕生日、何もしなかっただろ」
五月「来年があるからいいじゃない」
朋也「そうじゃないだろ(少し考えて)よし、じゃあ一緒に五月の誕生日も祝っちゃおうか。なにか用意する」
五月「えーいいよそんなの。けど、嬉しい」
朋也「俺だって、五月がいてくれるだけで嬉しい」
  笑いあう二人。

30)五月の部屋
  じっとオルゴールに見入っている五月。
五月「朋也」
  オルゴールのメロディが止まる。

31)部室
  動き回る有紗。
  扉が開いて五月が入ってくる。
有紗「五月! もういいの? 彰太から倒れたって聞いて心配してたんだからね」
五月「有紗、彰太からなにも聞いてないの?」
有紗「(立ち止まって)なにが?」
五月「ううん、なんでもない」
有紗「そう? あ、私もう外出るから、五月中で着替えられるよ。もう皆外だし」
荷物を持って扉から出て行こうとする有紗。
五月「うん、ありがと」
  扉が閉まる。
  五月、ロッカールームで着替え始める。
  ボタンを外し始めた時、扉が開き、閉まる音。
五月「有紗? なにか忘れもの…(振り返る)」
  伊藤が立っている。
五月「伊藤先輩? どうかしました?」
  伊藤に背を向け、慌ててボタンを付け直す五月。
  伊藤、五月の背後までやってきて、拘束。
五月「ちょっと、なにするんですか」
  振り解こうと前に向き直る五月。
  と、伊藤、五月に口付けようとする。
五月「嫌! 放して下さい」
  かろうじて避ける五月。
伊藤「(冷たく)誰でもいいって、わけじゃないんだな」
  はっと恐怖する五月。
五月「なに言って…」
伊藤「なんで、神埼はよくて俺はだめなんだ? 春成、言ってみろよ」
五月「(驚愕)見てたんですか?」
伊藤「あぁ見てたさ。ボールをとりに裏庭を通りかかったら、偶然。保健室でおまえらがキスしてるところを」
  顔を背ける五月。
伊藤「どうしてだ? 春成。おまえはてっきりまだ大野のことを待っているもんだとばかり思ってた。それなのに!」
五月「痛っ」
  乱暴にロッカーに押し付けられる五月。
伊藤「神埼が大野に似てるから? 似てれば
 別人でもいいのか?」
五月「先輩、やめて」
伊藤「そんな簡単に大野を裏切ることができるなんてな! 見損なったよ」
  ばん、と伊藤がロッカーを殴る音。
  否定できない五月。
五月「伊藤先輩には関係ない…」
伊藤「関係なくなんてない!」
  沈黙。
伊藤「俺は、中学の頃から後輩だったおまえのことが、好きだった」
  驚く五月。
伊藤「それでも、春成が高校から入ってきた大野に惹かれてたのも、大野がおまえを好きだったのも知ってた。俺が、付け入る隙なんてなかっただろ? 大野は死んでいなくなったわけじゃない…そう思ったからこそ、大野を待ってるおまえを傍で見守ってやりたくて、マネージャーに推したんだ」
五月「そんな」
  バンっと扉が開き、
司 「密室でもないのに、いい加減にして下さいよ。先輩」
五月「神崎くん」
伊藤「神埼」
  隙をみて伊藤から逃れ、外に駆け出す五月。
  伊藤、追おうとしかけ、やめる。
司 「俺と五月がなにをしようと、先輩に関係ないでしょう」
伊藤「なにも知らないくせに、大きな口叩くなよ。一年」
  司、伊藤に向かって歩み寄る。
司 「確かに、なにも知りません。それでも、わかることが一つある」
  伊藤につかみかかり、
司 「あんたが知ってる事情ってやつが、あいつを苦しめて泣かせてるってことぐらいは」
  乱暴に突き放す。
伊藤「泣かせてるのは、神崎、おまえも同じだろ」
司 「それも知ってる。けど泣き止ませるのはあんたじゃない、俺だ」
伊藤「思い上がるのもいい加減にしろ!」
  司、伊藤の前に屈んで、
司 「先輩、一つ教えて下さいよ。いったい大野って誰なんです」
  伊藤、司から顔を背ける。
伊藤「誰よりもおまえに似ていて、誰よりもおまえとは違うやつだ」

32)五月の部屋
  扉をノックする音。
津嵩「五月ちゃん? 入るよ」
  そっと扉を開ける津嵩。
  背を向けて寝台に横たわる五月。
津嵩「ねえ、なにかあった? 最近元気ないみたいだし、食欲もないだろ。義母さんが心配してるよ」
  返事はない。
津嵩「もうすぐ夕飯だから、そしたら下りてきなよ」
  津嵩、部屋から出て行こうとする。
五月「…津嵩」
津嵩「うん?」
五月「私ね、自分のこと全然わかってなかった」
  津嵩、扉を閉めようとした手を止めて、寝台に歩み寄り、
  五月とはせなかあわせに寝台に腰掛ける津嵩。
津嵩「自分のこと全部わかってる人間なんて、世の中少ないと思うけど?」
五月「ううん、そうじゃなくて。自分の気持ちくらい、自分でわかってると思っていたの。たとえ逢えなくても、ずっと朋也のこと好きなんだって、好きでいられるって。そう思ってた」
津嵩「五月ちゃんは、大野のことを好きなの? それとも好きでいたかったの?」
五月「…両方だと思う」
津嵩「好きでいなきゃいけない、って思ってた?」
  答えない五月。
津嵩「確かにさ、恋人が死んじゃったりしてじゃあ次、ってすぐいける人も、どうかと思わなくもないけど。無理に好きでいなきゃいけない必要もないと思うんだ」
  五月、起き上がって振り返り、
五月「私、無理してない」
  津嵩、微笑んでいる。
津嵩「うん、知ってる」
五月「………」
津嵩「大野にそっくりな神埼…だっけ? そいつが現れてからなんだろ? わかんなくなったのは。きっと、五月ちゃんは彼が大野だったら、って思い悩んでたんだ。違う?」
五月「そうかも知れない。けどね」
津嵩「うん」
五月「(いいにくそう)私、ぼうっとしたまま間違えて、神埼くんにキス、しちゃったの」
  苦しそうな五月。
五月「いけないことだって、思った。好きでもない相手とキスするなんて。でもね――あの時、この人とキスしたいって確かに思ったの。今の私は、あの時のことをなかったことにしたい、なんて思ってない。だから」
津嵩「自分の気持ちがわからなくなった?」
  頷く五月。
津嵩「そっか。でも似た人に惹かれるのも、同時にふたりの人を好きになるのも、よくあることだと思うけどな。人の気持ちほど変化しやすいものだって、そうそうないと思うし。あとは」
五月「あとは?」
津嵩「五月ちゃん次第、ってこと」
  ぽんと五月の頭に手をやる津嵩。
津嵩「なるようにしかならないってことだって、世の中にはたくさんあるんだから。悩んでないで、五月ちゃんも笑ってよ。ね?」
五月「うん、ありがと」

33)春成家
  玄関先。
  余所行きの格好の五月。
  二階から津嵩が降りてくる。
津嵩「五月ちゃん? 今日は部活じゃないんだ?」
五月「うん」
津嵩「おしゃれしちゃって、どこいくの?」
五月「私、朋也に逢いにいってくる」
  五月、迷いのない笑顔。
津嵩「そっか。気をつけて」
五月「うん。ありがとう。じゃあね」
  手をふる津嵩。
  扉が閉められる。
  津嵩、玄関を後にする。
  と、靴箱の上に置かれた電話が鳴る。
津嵩「(受話器をとって)はい、春成です」
哲也『大野と申しますが、五月さんはご在宅でしょうか』
津嵩「え、大野、さん?」
  立ち尽くす津嵩。

34)告別式会場
  記帳している友人や親族。
五月(N)「大野朋也、享年十九歳。事故にあってから、それでも尚目を覚ますことなく生き続けた彼は、ちょうど三年目になろうとしていた夏の日に、若い命を落とした」
  連れだって記帳し終わった有紗と彰太。
  スーツを纏った司がふたりに歩み寄り、
司 「なあ、五月のやつ見なかったか?」
  顔を見合わせる有紗と彰太。
有紗「(司を振り返り)さぁ、私達、今来たところだから…五月、来てないの?」
司 「ああ」
彰太「呼ばれなかったんじゃないか?」
有紗「まさか」
彰太「大野のおふくろさん、五月の所為だって騒いでただろ」
  俯く有紗。
有紗「でも、このままお別れなんて酷過ぎる。五月が可哀相だよ。探さなきゃ」
彰太「んなこといったって、俺達措辞読まないと」
  黙りこむ彰太と有紗。
司 「どっかあいつが行きそうな場所に心当たりは?」
  考える二人。
有紗「向日葵畑、かも知れない。五月が大野くんに連れてってもらったっていう」
  身を乗り出す司。
司 「それ、どこだ?」
有紗「海の方よ。高台になってるの」
司 「(踵を返して)サンキュ。いってみる」
  さっさと行こうとする司。
有紗「神埼くん」
  司、振り返る。
有紗「なんか…私達神崎くんのこと誤解してたみたい。悪く思わないで。五月のこと、よろしくね」
  頷く司。
  司の背中を見守る彰太と有紗。

35)向日葵畑
  ショベルカーに掘り返される向日葵畑。
  残された丘の上の大きな木。
  そのふもとに寝転がる五月。
  気持ちのいい風が吹いている。
  背後から司が歩み寄る。
司 「あいかわらず、危なっかしいヤツだな」
五月「(目だけ見上げて)神崎くん」
司 「関口が、ここじゃないかって」
五月「あはは、有紗にはかなわないな」
  司、五月の隣に寝転がる。
司 「気持ちいいところだな」
  眼下では工事の騒音。
司 「このままで、逢わないままでいいのか?」
  司、五月の横顔を見やる。
五月「え?」
  司、再び空を見上げ、
司 「おまえが、一人で泣いてたりでもしたら、無理やりにでも告別式の会場に連れて行こうと思ってたんだ。なのに、そんな綺麗に笑ってられちゃあな」
五月「そっか」
  しばし空を眺める二人。
五月「私ね、朋也が好きだった」
  司、なにも言わない。
五月「今もね、好き。きっとずっと、ずーっと好きだと思う」
司 「そうか」
五月「うん」
  沈黙。
司 「どうして、ここへ?」
五月「ここね、二人でデートした最初で最後の場所なの。三年前、県大会で優勝してから、ずっと忙しくて。毎日顔は合わせていても、二人だけの時間を過ごすことはなかなか出来なかったから」
司 「そうか」

36)――(回想)――
S/E・玄関のベル
門の外で待っている朋也。
  玄関の扉が開き、五月が出てくる。
五月「お待たせ」
  笑いあう五月と朋也。
朋也「行こうか」
  五月の手をとる朋也。
  五月を後ろに乗せた自転車が走り出す。
  海沿いの道。
  車は疎ら。
  カモメが鳴いている。
  小高い丘を登る二人。
  どんどんのぼっていく朋也。
  音をあげる五月。
五月「待って」
朋也「体力ないなぁ」
五月「朋也にかなうわけないじゃない」
  ふくれる五月。
  笑いながら引き返して五月の手をとる朋也。
五月「(引っ張られて)わっ」
  上りきると、眼下に広がる向日葵畑。
五月「わぁ」
  五月のスカートが風に揺れる。
朋也「きてよかっただろ?」
五月「うん、ありがと朋也」
  丘の上の大きな木が風にざわめく。
  眼下の向日葵畑では工事が始まっている。
五月(N)「朋也とさよならしたくない」
司 (N)「だから、式には出ないのか?」

37)病院
  33)後の五月、廊下に立ち尽くしている。
  涙しながら病室から出てくる朋子。
  朋子の肩を支えている哲也。
  哲也、立ち尽くす五月に気づく。
  動けない五月。

38)向日葵畑
五月「やっぱり、逢わせてはもらえなかった。けど、もういいの」
  起き上がり、立ち上がる五月。
五月「私は、思い出の中の朋也と一緒に生きていく。私の中の朋也はまだ生きてる。あの時の向日葵畑は、まだ消えてない」
  木の幹に触れる五月。
  五月の手に司の手が重なる。
司 「五月」
  五月が司を見上げる。
司 「俺は、大野の代わりになれないのか、なんて安っぽいこと言うつもりはない。けど」
  風に木が鳴っている。
司 「なんつーか…気になるんだよ」
五月「神崎くん」
司 「気になって、放っておけないんだ」
  沈黙。
司 「俺、大野に似てるんだってな。あの時、だからおまえは」
  五月、辛そう。
司 「俺、俺もあの時おまえのこと突き放してればよかったんだよな。けど、俺おまえのこといいなって思ってたから、軽い気持ちで応えちまった」
五月「そのことは、いいの。いくら似ているからって、間違えていいわけない。あれは、私が全部悪いってこと、わかってる」
司 「違う! 俺が言いたいのはそういうことじゃなくて! それでも俺はあの時のこと、後悔してないってこと、おまえに言いたくて」
  はっとして口を塞ぐ司。

39)32)回想
五月「でもね――あの時、この人とキスしたいって確かに思ったの。今の私は、あの時のことをなかったことにしたい、なんて思ってない」

40)向日葵畑
  照れくさそうな司。
司 「それに…おまえとキスしたいって、そう思ったことだって嘘なんかじゃねぇよ」
五月「神崎くん」
司 「なにもかも知っても、別にむかついたりしないんだ。俺が軽いからとかじゃなくて、きっと俺はそのまんまの五月がいいんだ」
  沈黙。
司 「あーもう!」
  髪をかきながら屈み込む司。
司 「これ以上こっぱずかしいこと言わせんなよ」
五月「ご、ごめん」
司 「(立ち上がって)またそうやっておまえはすぐ謝る!」
五月「え、だめ?」
司 「自分が別に悪いわけでもないのに謝ってばっかいたら、人生謝り足りないだろ」
五月「そうなの?」
司 「そうなの、ばかだな」
五月「なんか、失礼しちゃう」
司 「けど、ばかでいいよ。(五月の頬に手を添えて)他のヤツが好きで、忘れられなくて、もうこの世にいなくてもずっと好きでいるって宣言した女が好きだっていってる俺こそ、大ばかだ」
  五月、一歩離れて、
五月「私、神崎くんよりばかだよ。神崎くんみたいにカッコイイ人が好きっていってくれているのに、死んじゃった人を選ぼうとしてる」
司 「…知ってる。だから、だよ」
五月「え?」
司 「五月が、死んじまった朋也に同情しているわけでも、純情ぶってるわけでもないこと。おまえは唯純粋に大野が好きだった。だから、苦しい道を選ぼうとしてるって」
  五月、一歩後退。
司 「けど、おまえ自身が選んだ道でも、絶対に独りで抱えるのは辛いぞ? 絶対に、耐えられなくなる」
五月「どうして、そんなことがわかるの」
  司、しばらく言葉を探して。
司 「俺は、早くに母さんを亡くした。ずっと、すぐに再婚した親父を憎んで生きてきた。でも、今ならなんとなくわかる。親父は、寂しかったんだ」

41)――(回想)――
  幼い五月(小学校低学年くらい)と、母弥生。
  五月、弥生を見上げて、
五月「お母さんは、お父さんがいなくて寂しい?」
弥生「ううん。お母さんには五月がいるもの。寂しくなんかないわ」
  ほっとする五月。
  夜、両親の寝室の扉から中を覗く五月。
  弥生が亡き五月の父親の衣服を手に泣いている。
  扉をそっと閉め、手にしていたぬいぐるみを抱きしめる五月。

42)向日葵畑
司 「おばさんもそうだろ? どんなに死んじまった親父さんを思おうと、寂しくて。好きな人が出来たから、再婚した」
五月「それでも! 限界なんていつくるものか誰にもわかりはしないでしょう」
  見詰め合う五月と司。
司 「そうだよ、だから、五月が俺のところに泣きに来るまで、待ってるって言ってる」
  目を見開く五月。
司 「大野の代わりには、当分なれそうにはないけど。おまえの泣く場所なら、いつでも用意できる――こうして」
  両手を広げる司。
司 「なあ、五月。俺の前では、もう強がらなくてもいいんだ。無理に前を向こうとしなくたって、いいんだ。おいで、五月」

43)――(回想)――
朋也「(両手を広げて)おいで、五月」
  飛び込んでいく五月。

44)向日葵畑
  43)とリンクして。
  飛び込んできた五月をぎゅっと抱きしめる司。
五月「違うんだからね?」
司 「なにが?」
五月「目にごみが入っちゃって、涙が出てきちゃって、見られたくないからこうしてるだけだもん」
  司、空を見上げてため息をつく。
司 「そういうことにしといてやるよ、(小声で)意地っ張り」

45)海の見える道路
  五月を乗せた司の単車。

46)式場外
  単車を待っていた有紗と彰太。
  単車が到着する。
有紗「あ、来たきた! 五月」
  有紗が単車に駆け寄る。
五月「有紗」
有紗「もう! 心配したんだからね」
五月「うん、心配かけてごめんね」
彰太「おい」
  おいついた彰太が式場の前を指差す。
  門から霊柩車が出て行く。
  無言で見送る四人。
五月「朋也」
  五月、手を伸ばしかけてやめる。
  五月の肩に手をやる司。
  有紗がほっとした様子で二人を見守る。
彰太「そういえば言ってたもの、なんとか手配してもらったぞ」
  彰太、司に小瓶を渡す。
  五月、まだ霊柩車の過ぎた方向を見ている。
司 「サンキュ。じゃあ五月、行こうか」
五月「え」
司 「ほら、行くぞ」
  単車のエンジンをかける司。
五月「ちょ、待ってよ」
  慌ててヘルメットをかぶる五月。
  走り去る単車、取り残された有紗と彰太。
有紗「行っちゃったね」
彰太「ああ」
有紗「神崎くんで、よかった」
彰太「だな。でも、周りはまたうるさそうだな」
有紗「いいの。その時は神崎くんがついてるし、私達だって、五月の親友でしょ?」
  有紗、背後から彰太に抱きつく。
彰太「そうだな」
  彰太、有紗の手に己が手を重ねる。

47)海
  静かな波の音。
司 「着いたぞ」
  ガードレール脇に単車を止める司。
五月「海? どうして」
  ヘルメットをとりながら呟く五月。
司 「(ポケットから小瓶を出し)ほら」
五月「(受け取る)これ」
司 「二人に頼んで、大野の遺灰を分けてもらっておいたんだ。五月がもし撒きたいっていうなら、やっぱ海かなって」
  小瓶をじっと見ている五月。
司 「どうした?」
  五月、司の手をとってひっぱっていく。
五月「ついてきて」

48)向日葵畑・丘の上。
  背後に工事現場。
  二人の眼下には海。
  丘の上の大きな木から、木漏れ日が降り注ぐ。
  空は快晴、風はない。
五月「やっぱり、ここがいいなって。思い出の、場所だから」
司 「そっか」
  しばし沈黙。
司 「どうすんだ? 埋めるのか?」
  五月、答えない。
  五月、小瓶の蓋を開けようとする。
五月「開かない…司くん、開けてくれる」
  司、小瓶の蓋を開ける。
  両手を差し出す五月。
  司、五月の手に遺灰を注ぐ。
五月「銀色夏生さんで、『さよならまたね、大好きでした』ってあるでしょう」
司 「知らないな」
五月「また、はないんだね」
  黙って五月を見守る司。
五月「でも、さよならじゃないよね」
司 「そうだな」
五月「ありがとう、朋也。大好きだよ」
  強めの風。
  遺灰が風に乗って海の方側へ。
  二人、海を見やる。
  しばらくして目を擦る五月。
五月「あれ、どうしたんだろ。また目に入ったかな」
  五月、泣いている。
五月「おかしいな、止まらないよ」
  目を伏せる五月。
  司、五月の肩に手をやり、五月の瞼にキスをする。

49)回想っぽいエンドロール
  五月と司、有紗と彰太で海水浴。
  浴衣を着た五月と司、花火大会。
  部活、五月の持つクッキーを口でとる司。
  講義で眠っている司と彰太を笑って見ている五月と有紗。
  秋季サッカー大会。
  春成家、津嵩を交えての焚き火、焼き芋。
  五月、司のマンションで手料理を振舞う。
  五月と司、二人で過ごすクリスマス。
  年が明け、着物を着た五月と有紗、司と彰太でお参りへ。
  図書室で勉強している四人。
  桜の散るキャンパスで部の勧誘。
  外は雨、司の部屋で眠っている五月と本を読んでいる司。
  丘の木の傍には、少しだけ向日葵が残っている。

50)教会
T 「三年後」
  入り口前で一人立っている五月。
  周囲の人々は次々と中へ。
  電話が鳴り、携帯を取り出す五月。
五月「遅れるの?…うん…いいよ、教会の前で待ってる」
  携帯を閉じる五月。
  周囲には誰もいない。

51)道路
  単車が走る。

52)教会
  入り口前に立つ五月、時計を見やる。
  ため息をつき、中へ。
  一番後ろに列席。
  バージンロードを歩くウェディングドレス姿の有紗。
  正面には神父とタキシード姿の彰太。
  式が始まる。
神父「汝、森崎彰太は関口有紗を妻とし、死が二人を分かつその時まで、生涯運命を共にすると、誓いますか?」
彰太「はい」
  神父、有紗をみやり、
神父「汝、関口有紗は」
  バンっ、と扉の開く音。
  神父、一瞬扉を見やるが、向き直る。
神父「…森崎彰太を夫とし、(司がネクタイを締め直しながら五月の隣へ。五月、正面を向いたまま)死が二人を分かつその時まで、生涯運命を共にすると、誓いますか?」
  司の手が五月の手に触れようとしてやめる。
  五月の手がそっと司の手に触れる。
有紗「誓います」
きゅっと司の手を握る五月。
神父「指輪の交換を」
  指輪の交換をする彰太と有紗。
  ぎゅっと互いの手を握り合う五月と司。
神父「では、誓いのキスを」
  身体は正面を向いたまま、見詰め合う五月と司。
  二人の唇が近づいていき―――
  彰太と有紗のキス。
  湧き上がる拍手。
  神父の目がキスする五月と司の姿を捉える。
  神父、微笑し、
神父「ここに、二人を夫婦と認めます」
  寄り添いながら微笑する司と五月。
  拍手はいつまでも止まない。

53)丘の上
司 「はい」
  五月の左手薬指に指輪をはめる司。
司 「教会よりも、ここで、だと思って」
五月「ありがとう(指輪を撫で)嬉しい」
  五月の頭を撫でてやる司。
  五月が司の腕の中に飛び込む。
  司、五月を抱きしめながら、
司 「(咳払い)汝、春成五月は神崎司を夫とし、死が二人を分かつその時まで、生涯運命を共にすると、誓いますか」
五月「誓います」
  司、五月を抱きしめなおす。
  五月、ふと司を見上げ、
五月「司は?」
司 「聞かれるまでもねぇよ」
五月「そっか、そだね」
  眼下には海。
  空は快晴、風はない。



















                      完
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