春送り〜藩医の養父と娘の禁断愛〜
「なんですか、急に」
「急にやなか。いらんお節介じゃろうけど、いつまでも嫁ば貰わんのはどがんことと。お春ばどがんかするつもりと?」

 わたしは息を止めて、耳をすませた。
 ドキドキと心臓が不穏な音を立てる。
 気が張り詰めて、肌にじわじわと汗が滲み出てくるようだった。
 ややあってから、七さんの大きなため息が漏れ聞こえた。

「なにを言い出すかと思えば。お春は俺の娘同然の子です。どうするも、こうするもありません」

 芯の通った声がわたしの胸を締めつける。
 ああ、やっぱり。
 七さんはわたしを娘だと思っているんだ。
 苦しい……。
 この苦しさは息を止めているからなのか、悲しいからなのか、自分でもわからない。

「俺がこうして朝から晩まで医学に励むのは、あの子が貧しい思いをしないためです。俺は父代わりとして、あの子には良い嫁ぎ先を見つけてやりたいんです」
「やったら、はよう嫁ばとらんね。あの子も年頃やけん、母親のような相談できる相手がほしかじゃろう」
「それは……」
「弥吉んところのお千はどがんね? 二十を過ぎたくらいばい。七さんなら弥吉もなにも言わんやろう」

 お千さんは気立てが良く、この長屋で一番の美人さんだ。

 わたしじゃ、どうやっても敵わない。

 七さんを取られてしまう恐怖と嫉妬から桶を持つ手に自然と力がこもった。

「俺は嫁をもらう気はありません。今はとにかく医術を学ぶことに集中したいので」
「七さん」
「お春の気持ちもあります。今すぐに、はいと頷くことはできません」

 ヨシばぁどうしても嫁をとらせたいのか、しばらく七さんと言い合う声が続いた。
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