聖母召喚 〜王子に俺と結婚して聖母になれと烈愛されてますが、隙を見て逃げます〜
「同意があったんだ!」
 逮捕後、彼は急にそう言いだす。それを刑事たちが認めるはずもなかった。

 強制わいせつ罪で逮捕されたが、三人の殺人についても厳しく取り調べられた。

「別件逮捕じゃないか!」
 男は抗議したが、刑事はしつこく追求する。

 男はついに痴漢を認めたものの、殺人については否認を続けた。
「怪しい男たちが現れて、すぐに俺は逃げた。俺は何も知らない!」
 今度の彼の主張は辻褄(つじつま)があっていた。

「本当にやっていないのかも。じゃあ、誰が?」
 優梨(ゆり)が首をかしげる。

「わからない」
 答えながら、蓮月は頭に一人の人物を浮かべていた。自分を異世界に連れて行った男性。あの冷酷な目をした彼なら、あるいは。

 あの若者が現れた瞬間、鈴里三千花は「こいつです」と言ってなかったか。

 仮定を証明する材料を持たず、誰にも説明できず、蓮月はイライラと机の足を蹴った。

「そういうことしないの、お行儀悪い」
 優梨に注意されて、口をへの字に曲げる。

「痴漢の逮捕だけでも治安は向上したわ。引き続きがんばりましょ。逮捕後の書類作成もしっかりね。初犯ということにはなるけど、余罪が多いから裁判まで行くわね」

「俺が書類やるのか」
 蓮月はうんざりした。
 逮捕前には逮捕状請求書、逮捕後には通常逮捕手続書、被疑者本人からの弁解録取書、実況見分をしたら実況見分調書、参考人から調書をとったら参考人供述調書、犯行の状況などを再現させたときの再現実況見分調書など。刑事の仕事には書類作成が山ほどある。

「あなたが捕まえたんじゃない。お手柄よ」
 しれっと優梨は言った。

 蓮月は優梨を見た。
「な、なによ」
「なんでもない」
 蓮月は口を閉じる。

 あの闖入者(ちんにゅうしゃ)は彼女も見ている。蓮月がいなくなった瞬間も。

 優梨に相談するべきか……。
 蓮月は一人、自問した。






 * 第三章 終*








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